誰もが旅を楽しむ時代をいち早く見据えていた「近代ホテルの父」の生涯

エキスポを狙うホテルマン

「スタトラーさん、なぜそんなにエキスポにこだわるのですか?」

男はパイプを口から外して言った。

「エキスポには大勢の人がやってきますから、苦労せずにホテルは満室になります。こんな都合のいい話はないでしょう?」

「なあるほど! そう言われればそうですな。わかりました。では検討させていただきます」

投資家のフィオレンティーノはパイプを右手で持ちながらうなずいた。

1901年4月、まだ雪がちらつく寒い日。エルスワースはオーバーのポケットに両手を入れながら、木造の大型ホテルを見上げていた。細身の体には寒さがしみるのだろう。ぶるぶると体を震わせながら、しかし、うっすらと笑みを浮かべている。

「マイク、見てみろ。こんな大きなホテルは世界を探しても数件しかないんだ。2084室だぞ。4000人以上が泊まれるんだ。すごいだろう。5月1日から11月2日までの6か月間、毎日と言ってもいいだろう、4000人がここに泊まり、食事をするんだ。いったいいくら儲かると思う?」

「すごい額でしょうねえ。でも、もったいないです。エキスポが終ったら壊してしまうなんて……」

「仕方ないさ。エキスポが終ったら、多くの人はここには来ない。こんな規模のホテルを残しておいたら、赤字つづきになるだけだ」

「そうなんですか……残念だなあ。それなら高級で小さなホテルを建てたらよかったのでは? 小さなホテルなら、エキスポが終ったあとも、埋まるんではないでしょうか?」

エルスワースはマイクの両肩に両手を置いて彼の目を覗いた。

人生は人に奉仕することで充実したものになる。そう思わないか?」

「お、思います。こんな自分でも、人の役に立てたときには、生きがいを感じますから」

「そうだろ。なら、一握りのお金もちのためよりも、多くの庶民のために役立ったほうが、より生きがいを感じられるんじゃないのか?」

「はあ……確かにそうです」

エルワースはホテルに視線を移した。

「だから大きな木造ホテルにしたのさ」

かくして5月1日、エキスポは開催された。だが、スタトラー・ホテルのロビーに立っているエルスワースの顔に笑みはなかった。

天気が悪すぎる。これじゃ人の足が鈍る」

前方からフィオレンティーノがやってきた。エルスワースは歯をかみしめながら、音をたてずに息を吐き出した。

「どうも当初のお話しとは違うようですなあ」

パイプの煙を吐きながら、フィオレンティーノは冷ややかな視線をエルスワースに向ける。

「大丈夫です。天気が良くなれば、人はやってきます」

「天気がよくならなかったら、どうなるんですか?」

フィオレンティーノはのぞき込むようにエルスワースの顔を見る。

「心配いりません。それでも儲かるように計算はできていますから」

エルスワースは笑みを浮かべながら言った。

「そうですか! それを聞いて安心いたしました」

小さな声でそう言うと、彼は立ち去って行った。

「大丈夫だ。まだ始まったばかり。あと半年もある」

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