誰もが旅を楽しむ時代をいち早く見据えていた「近代ホテルの父」の生涯
エルスワースを襲う思わぬ悲運
エキスポには大勢の人がやってくる。なにもしなくても、ホテルは満室になる――この言葉に多くの人は疑いを持たなかった。エルスワースも心からそう信じていた。まさか天候という伏兵が潜んでいるとは思わなかった。
だが、夏が近づくにつれ晴れの日が増え、夏休みに入ると来場者数は急増した。8月は予算をクリア。続いて9月5日にウイリアム・マッキンリー大統領がエキスポ会場で演説を行うと、さらに多くの人々が押し寄せ、ついにホテルの稼働率は100%に到達した。
「これならいける!」
エルスワースは両手を空に向けて、太陽を見あげた。だが翌日、信じられない事態が起きた。
「た、大変です!」
息を切らしながら、マイクがエルスワースのオフィスに飛び込んできた。
「どうしたんだ?」
マイクの肩は大きく上下運動を繰り返す。
「ハァハァ……だ、だ、大統領が……」
「大統領がどうかしたのか?」
マイクは後ろを指さしながら言った。
「あ、あの音楽堂で撃たれました」
「なんだって!」
エルスワースは立ち上がり、駆け足でオフィスを出て行った。
大統領は危篤状態のまま、9月14日に帰らぬ人となってしまった。人々の足はエキスポから遠のき、もう戻ってくることはなかった。
「暗殺なんてことがなければ、うまくいっていたはずなのに! 悔しいです」
マイクはこぼれる涙を手で拭う。
「人生は何が起きるかわからない。必ず成功するはずのことが失敗することもある。だがな、それでくじけていては成功はない。俺は次のエキスポを狙うぞ」
マイクは大きく目を開いてエルスワースの顔を見た。
「怖くないんですか?」
「今回はたまたま不運に見舞われただけだ。次は大丈夫だ!」
「でも2度あることは3度あるというじゃないですか!」
「ビジネスは確率を計算しながら行うものだ。今回のような異常事態が2度続く可能性はとても低い。だから、俺は次もホテルを建てる」
エルスワースの口もとには笑いがにじんでいた。
エルスワースは、3年後の1904年4月30日から12月1日までの間に開催された、ルイジアナ州セントルイスのエキスポに参加した。前回と同じく、木造の2257室からなる世界最大のホテルを建てた。そして、大成功をおさめ、巨額の富を得ることに成功する。