好きになってはいけなかったのに。衝動に突き動かされ、宮崎の海へ走った
「この人を好きになってはいけない」そう思ったときにはもうすでに、僕の恋は始まってしまった。 だからといって、この気持ちを白紙に戻して、なかったことになんてできない。
恋情は何よりも強くて、執念深く、しつこい。そしてそれが禁じられた瞬間から加速する。
社会人3年目の僕が恋をした相手は、同じ部署の先輩で、5歳年上だった。
初めて会ったのは、大阪本社で行った新人研修。「君の担当だ」と自己紹介されたときは、その幼い(といったら怒られそうだがー)見た目のため、そんなに年齢は変わらないと思っていたが、実際は5歳も年上だったから驚いた。
研修が終わると、僕はめでたく大阪本社の営業三課への配属が決まった。先輩と同じ部署だ。「これからもよろしく」と笑う先輩の笑顔に、安堵と心地良さを感じたことを覚えている。
先輩は、いつも楽しそうに仕事をする。社会人になりたてで右も左もわからず叱られてばかりいる僕にとって、そんな先輩の姿は、ごく自然に「いつかあんな風に仕事をしてみたい」という憧れの存在へと変わっていった。それがいつからか、憧れの枠を飛び越えて特別な目を向けるようになってしまったのだ。
恋愛対象にするべき人ではないことは、入社初日からわかっていた。いまさらショックを受ける必要なんてない。
定時退社で喜ぶ日も、残業で夜遅くにオフィスで二人きりになった日も、絶妙な時間に直帰のアポを入れて近くの居酒屋で早めの乾杯をした日も、先輩には帰る場所があって、待っている人がいた。 そのことは、先輩の左手の薬指で光っている指輪がいつも証明し続けている。
控えめなシルバーリングは、先輩の華奢な指によく似合っていた。ただ、僕の先輩に対する思いを牽制するには、すこし小さすぎたのかもしれない。
夏の暑さが増すように、日に日に大きくなっていく先輩への気持ちが抑えきれなくなってきたころ、めずらしく先輩から僕を飲みに誘ってきた。
なんだかいつもの先輩の雰囲気と違うような気がして、僕はその1日、ずっとソワソワしていた。ほんの少しだけ期待していたんだろう。もしかしたら、僕たちの関係に何か進展があるんじゃないかって。 別に根拠があったわけではないけれど、なんとなく、そんな気がしていた。