好きになってはいけなかったのに。衝動に突き動かされ、宮崎の海へ走った
先輩が「あんまり綺麗じゃないけど」といいながら案内してくれたのは、カウンター席が7つほどの小さな、でも味のある宮崎料理専門の居酒屋だった。 乾杯もそこそこに、仕事終わりのビールのうまさに感動する。しかし、正面に座る先輩の杯は進まない。
「あのねぇ」
あぁ、嫌な予感がする。直感的に思う。いつも謙虚な僕が、心の隙間ですこしだけ抱いていた期待を優しく断ち切るように、先輩は続ける。
「私、会社辞めるんだよね。旦那が東京勤務になっちゃって。付いていくことにしたんだ。君にはお世話になったから、っていうか私がお世話してあげたんだけど、一足先に報告ね」
「……そうですか」
受けた衝撃を悟られないように、グッと息を飲んで、血の気が引いて感覚がなくなる手のひらを冷たいビールジョッキに押し当てて、平静を装った。
「あれ、もっと悲しそうな顔してよね。入社してからずっと一緒だったのにさあ」
そんな反応が不満だったのか、ふてくされたように先輩がいう。その姿も、話し方さえも強く愛しいと思う。その手を握りたい。 けれどその気持ちは、先輩の左手に光るリングが冷たく制する。なんだ、きっちり牽制されているじゃないか。僕は自嘲する。
「で、いつ辞めるんですか?」
「来月いっぱい。もうずっと前から決めてたんだよね」
「そう、ですか」
僕はその日から、とても身勝手な理由だが、宮崎が大嫌いになった。
一カ月なんていうのは本当にあっという間に過ぎて、バタバタと営業先を走り回っているうちに先輩の最終出社日になってしまった。優しく、平等で、誰からも好かれていた先輩の送別会には、部署を越えて大勢の人が集まった。「直属の後輩枠」の僕は、先輩のすぐ隣に座る。というのは建前で、単純に僕が隣だと何かと便利だからだろう。
男だけど後輩で、お互いそこそこ気を使いつつ楽で、絶対に安心安全な関係。お酒が進んだ席で、たとえ面倒な絡みをされても、冗談まじりに自分を守ってくれるような。僕が作り上げてきた関係。
「最後まで隣なんて、面倒くさいですね」なんて、いつも通りを装うために悪態をついてみたが、「最後」という言葉が余計に虚しくさせた。
その日の僕はいつもよりハイペースで、文字通り浴びるように酒を飲んだ。酔っぱらった勢いで、告白してしまおうと考えていたのだ。別に、相手が既婚だろうがなんだろうが、僕の感情自体に罪はないだろうし、伝えるくらいなんてことないだろう。
伝えて、フラれて、恋した人が既婚者という人生のエラー状態を、きょうで解除してやろう。そう思ってた。 そしてすっぱり諦めて、東京に行った先輩がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ僕のことを気にしてくれたらいい。そんな身勝手な思いで、この場にいた。
しかし送別会が終わりに近づくにつれて、先輩の横顔を見る回数が増えるにつれて、左手の薬指の輝きが増していく気がしていた。