「秘湯」と言われると、どのような場所をイメージしますか? 山奥や人里離れた海浜にある温泉で、アクセスも困難な温泉地といった印象ではないでしょうか? まさにその条件を完璧に満たす正真正銘の秘湯が、富山県の黒部峡谷にある黒薙温泉なのです。そこで今回は富山に在住する筆者が、黒薙温泉の魅力を紹介したいと思います。
黒部峡谷の秘境にわきだす黒薙温泉
富山県の東部に広がる中部山岳国立公園の入り口には、宇奈月温泉という温泉地があります。県内最大の温泉街で、以前にトロッコ電車の始発駅。絶景と温泉を一度に味わう富山「宇奈月温泉」でも取り上げました。同記事でも宇奈月温泉は7kmほど上流の黒薙温泉の源泉を引湯管で引っ張ってきて、下流で各宿に分配していると紹介しましたが、その源泉がまさに今回のテーマである黒薙(くろなぎ)温泉になります。
「追録 宇奈月町史 歴史編」(宇奈月町史追録編纂委員会編集、宇奈月町役場発行)を見ると、黒部の奥山には多くの温泉が湧出(ゆうしゅつ)していると記されていますが、その一つである黒薙温泉は正保2年に、地元の住人、太郎左衛門という人が発見したと書かれています。正保2年と言われてピンとくる人はかなりの歴史通ですね。西暦に直すと1645年、江戸時代の初頭になります。
しかし黒薙温泉の辺りは、山奥でありながら越後(新潟県)や信濃(長野県)など他藩に通じる立地にあったため、同地を支配していた加賀藩が立ち入りを禁じます。開湯はもちろん許可しませんし、一般人の立ち入りも禁止したとかで、発覚した場合は拘禁されたのだとか。拘禁とは、捕えられ、どこかに閉じ込められてしまう罰ですね。
江戸時代に発見され、明治時代に開湯された秘湯
黒薙温泉が開湯を許された時期は、1868年5月26日になります。時代が江戸から明治に変わっていく中で、開湯が認められたのですね。明治維新は日本国に大転換をもたらしましたが、このような山奥の隠れ湯にまで影響を与えていたとは驚きです。開湯の前後では宣伝用の彩色版画も作られます。富山県の県立図書館に今でも所属されており、宣伝文句には、
- 世に比類のない名湯
- 医薬を用いなくても人の助けになる名湯
- 馬やかごでの往来が自由
- 雪が降る時期も、入湯は差し支えない
などと書かれています。信ぴょう性はさておき、確かに1と2については、黒薙温泉に訪れ、療養泉でもある弱アルカリ性単純温泉に入浴すると大いに納得できる部分があります。しかし、3と4に関しては誤りです(と個人的に思います)。
黒薙温泉は往来が自由なわけもなく、雪が降る時期は立ち入りなど不可能に近い、自然の厳しいエリアにあります。現代であっても、普通の旅行者はトロッコ電車以外の交通手段がありません。徒歩で黒部川や黒薙川をさかのぼり(遡行し)アプローチしようとしたら、プロ並みの装備と、経験に裏打ちされた沢登り技術が求められます。極端な話、死を覚悟して挑まなければいけません。逆にそのような場所にある温泉だからこそ、平成の現代において、黒薙温泉は秘湯と呼ばれているのですね。
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