多様性が暮らしを面白くする。富山・井波で建築家夫婦が作る新たな価値観

富山県の西側に、南砺市の井波という地区があります。浄土真宗の瑞泉寺を中心に門前町が発達していて、目抜き通りに木彫刻家が工房を構えているユニークな土地。

2019年6月に放送された『鶴瓶の家族に乾杯』(NHK)では、タレントの鶴瓶さんがV6の三宅健さんと訪れました。その直後は、観光目的の女性グループが番組に登場したお店の前で、にぎやかに会話を楽しんでいる姿を目にした記憶があります。

image by:坂本正敬

その井波で古民家をユニークに作り替え新しい人の流れを生んでいる建築家夫妻がいます。ベッド・アンド・クラフトというコンセプトでまちに新たな価値を作る山川智嗣、さつきさんです。

そこで今回は山川さんたちが2019年5月18日に新しく誕生させたラウンジとカフェ&バーの話題を中心に、同年10月8日オープンの新しい宿の情報を加えつつ、これまでの取り組みを紹介します。

「日本の暮らし」に触れるために井波へ欧米人が訪れ始める

瑞泉寺 image by:坂本正敬

井波では数年前から、欧米人の旅する姿を見かけるようになりました。冒頭では門前町としての雰囲気について軽く触れましたが、井波は日本人が殺到する人気の国内観光地というわけでもありません。京都や大阪、東京とは違い、富山を訪れる外国人は、もともと中国、韓国、台湾からの人が一般的でした。

その井波で、急に欧米人が目立ち始めます。その理由は、山川さんたちがスタートさせた、ベッド・アンド・クラフトの宿に泊まるためでした。

まちの橋に施された木彫刻 image by:坂本正敬

ベッド・アンド・クラフトとは、宿泊体験と伝統工芸を結び付けた、新しい旅の形を提案するプラットフォームです。古民家をリノベーションした宿に、それぞれお抱えの職人がつくという一風変わった世界観を提供しています。

宿の設計にも専属の職人が深くかかわっていて、宿には職人の作品が展示されています。宿泊者は展示された作品を買い求めても構いませんし、専属の職人が構える近所の工房を訪ねて、「弟子入り」と称しワークショップに参加しても構いません。

例えば山川さんたちが運営している2つのゲストハウス『TATEGU-YA』と『TAE』では、それぞれ地元の木彫刻家と漆作家が専属でついていて、宿泊費の一部は、展示作品へのレンタル料として作家に還元される仕組みになっています。


『TAE』の外観。雪の時期も美しい。image by:CORARE ARTISAN JAPAN

各宿の食事は、あえて宿泊と切り離されています。積極的にまち中に点在する飲食店を紹介して、まちにもお金が落ちる仕掛けを作りました。言葉に不慣れな外国人旅行者には、外国語に対応したスマートフォン向けの観光ガイドアプリも開発します。

その結果、地元の人と旅行者の交流が始まり、極度に観光地化された場所では楽しめない、日本人の日常に触れるチャンスが生まれたのですね。

宿泊者の7割が外国人の「異常」な宿に日本人も注目し始める

瑞泉寺に続く井波の八日町通り image by:坂本正敬

日本人の「暮らし」に触れる旅の形は、クリエイティブな仕事に従事する欧米の人たちを中心に、密かな人気を博し始めました。

口コミが新しい利用者を呼び、利用者評価の最も高い宿にブッキング・ドットコムが贈る賞を、2018年には受賞しています。近年では各メディアも競ってベッド・アンド・クラフトを取り上げてきました。

その「騒ぎ」に、今度は日本の若者が注目します。さつきさんによると、当初の利用者の7割欧米を中心とする40~50代の外国人でした。しかしその「異常」な宿に泊まってみたいと、今度は日本人の30~40代の若い世代が押し寄せ始めたといいます。

今では繁忙期の4月や8月となると、9割以上、それこそ100%といっていいくらいの稼働率に達するそう。鉄道も走っていない「不便」な立地条件を考えると、信じがたい数字ですよね。

井波のまちの様子 image by:坂本正敬

ただ、日本人が増え、日本人と外国人の利用者の割合が半々くらいになった段階で、新しい問題も浮上します。智嗣さんによれば、宿の利用のされ方が望んだ形とは少し異なり始めたのだとか。

ベッド・アンド・クラフトの宿は、住人と旅行者をつなぐハブとして機能しています。あえて素泊まりという形にこだわり、宿泊者には地元の料理屋で食べ、地域の人と交流を持ってほしいと願いました。

しかし、日本人の利用者が増えるにつれ、夜の10時にチェックインして、翌朝の7時に次の目的地に出発するなど、宿を単なる寝床として利用する人が目立ってきます。

そこで次の一手として、まちの中心部にあった空き家をリノベーションし、飲食店『nomi』を併設したラウンジ『BnC LOUNGE』を作って、チェックイン機能を集約化させたのですね(チェックアウトは自由)。

半強制的にチェックイン(BnC LOUNGE)と翌朝の朝食(nomi)で2回、宿泊者がまちなかを歩く時間を作れば、

「旅行者が地元の職人さんと出会うかもしれません」

と、智嗣さんは語ります。井波には200人近くの木彫刻職人が暮らしています。地区の人口は8,000人ほど。住民の40人に1人は彫刻家ですから、あながち職人との出会いは冗談ともいえません。

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