金を掘るよりビールを売る。アメリカの人気「クラフトビール」の歴史

image by:角谷剛

毎年秋になると、ビール売り場で「サミュエル・アダムズ」のオクトーバーフェストを探すことが私の楽しみになります。

オクトーバーフェストは、もともとがドイツで行われているお祭りですし、同じ名前を冠したビールは国産・輸入を問わずたくさんあるのですが、「サミュエル・アダムズ」のちょっとダークなアメリカっぽくないテイストは私のお気に入りです。

アメリカの10月といえば、MLB(メジャー・リーグ・ベースボール)のプレイオフが進行するなか、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)はレギュラーシーズンたけなわ、NBAもNHLもシーズンを開幕している、スポーツ観戦に最も忙しい季節。別の言葉でいうならば、ビールの季節でもあるのです。

毎年9月には店頭に並び始める「サミュエル・アダムズ」のオクトーバーフェスト。image by:角谷剛

「サミュエル・アダムズ」は、ボストンのクラフトビール会社で、その地名と会社名から、いかにも古い歴史がある会社のように思われがちです。

なにしろボストンの歴史はアメリカ合衆国の歴史より古く(「ボストン茶会事件」って歴史の教科書にでてきましたよね)、サミュエル・アダムズはアメリカ建国の父のひとりと呼ばれる歴史上の人物名なのです。

1846年ナサニエル・カリアーによって描かれた象徴的なリトグラフ。image by:Nathaniel Currier, Public domain, via Wikimedia Commons

しかし、ビール会社の「サミュエル・アダムズ」は、実は1980年代半ばに創業したまだ若い会社です。創業者兼社長のジム・コッチ氏は健在で、大成功した起業家としてよくメディアに登場します。

1980年代までのアメリカのビールといえば、「バドワイザー」や「クアーズ」、「ミラー」といった低価格の全国的ブランド製品が主流。安い缶ビールを何本も飲み続けることが、ある種のアメリカ人の代表的なライフスタイルでした。

そこにコッチ氏とサミュエル・アダムズ社は高品質のビールで市場に新風を吹き込み、1990年代にクラフトビールが全米で流行するブームの先駆け的な存在に成長しました。

いまではアメリカのビール売り場ではクラフトビールがスペースの半分以上を占めているようにさえ見えます。


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アメリカ最古?日本でも馴染み深いクラフトビール

「アンカー(錨)」の絵が目印。image by:角谷剛

ところが、サミュエル・アダムズ社がボストンに誕生するよりずっと以前から、アメリカでクラフトビールを作り続けてきた会社があります。

ボストンとは北米大陸の反対側、サンフランシスコに拠点を置くアンカー・ブルーイング・カンパニーです。その主要ブランドである「アンカー・スチーム」は、「サミュエル・アダムズ」と同じように、強い地域色のイメージを保ちながら全米的に人気がある珍しいビールです。

ボストンとサンフランシスコは、よく似たイメージを纏(まと)った都市です。

「ボストン」image by:Unsplash

大西洋側と太平洋側をそれぞれ代表する港湾都市であり、どちらも長い歴史を持ち、それでいてニューヨークやロサンゼルスといった大都市よりは規模が小さく、そして独特の文化で知られていることでも共通しています。

「サンフランシスコ」image by:Unsplash

なんとなく、東京に対する横浜、大阪に対する神戸に似たものを感じます。地理的にも、歴史的にも、日本との関係がより深いのはサンフランシスコでしょう。

日本から見ると、太平洋を挟んで北米大陸の表玄関のような位置にあります。江戸幕府の遣米使節団を乗せた咸臨丸(かんりんまる)も、明治新政府が派遣した岩倉使節団を乗せた船も、どちらもサンフランシスコに入港しました。

「アンカー・スチーム」がそうした日米間の歴史と密接な関係があるか、といえばそんなことはまったくありませんが、その歴史の古さには驚かされます。

同社の公式Webサイト(英語版)によると、その起源は1849年にまでさかのぼるのだそうです。日本では江戸時代の鎖国がまだ続いていた1849(嘉永2)年、アメリカではゴールドラッシュの真最中でした。

NFLの「サンフランシスコ・49ers」のチーム名は、そのころに一攫千金を求めて世界中からサンフランシスコへ殺到した人たちに由来するものです。

アンカー・ブルーイング・カンパニー創業者のゴットリーブ・ブレクル氏もそうした49ersのひとりで、ドイツからサンフランシスコにやってきたのですが、どうやら自分で金を掘るより、そうした人たちにビールを売ることを選んだよう。

会社として正式に設立されたのは1896(明治29)年でした。アメリカ最古のクラフトビール醸造所を名乗っています。

その後のアンカー・ブルーイング・カンパニーは紆余曲折を経て、1950~60年代には廃業寸前にまで追い込まれたりもしたそうなのですが、1970~80年代には経営を立て直し、アメリカを代表するクラフトビールのひとつに成長しました。

そして、なんと2017年には日本のサッポロビール傘下に入ります。やはり日本人には馴染みが深いビールなのです。

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