米国でホテルコンサル業を営むケニー・奥谷さんが、海外の高級ホテルやその創業者たちの偉大な業績を小説形式で紹介する新連載。ヒルトン・ホテルズ&リゾートの創業者であるコンラッド・ニコルソン・ヒルトン氏の生涯を紹介した第1回に続き、今回取り上げるのはホテル・ペンシルバニアの創業者であるエルスワース・ミルトン・スタトラー氏(1863年~1928年)。一部の富裕層だけでなく庶民も旅行を楽しむようになった、いわば観光業の変革期に生きた彼は何を考え、どのようなホテルを作ったのでしょうか。
エリートホテルマンを育てるコーネル大学
木々が湖畔を深緑に染めていた。滝の周辺を漂う霧は、日光を受けてうっすらと虹を浮かびあがらせている。
大自然に囲まれたその地は、全米で最も美しい環境にあると言われるコーネル大学のキャンパス。ニューヨーク州イサカに1865年に創立された世界屈指の名門大学で、全ての分野でノーベル賞受賞者を輩出したことでも知られるアイビーリーグの一つだ。
「236マイル(378キロ)だぜ! こんな距離をドライブしたことなんて生まれて初めてだよ。マンハッタンから4時間半もよく頑張れたものだと我ながら感心する。あ~あ疲れた!」
そう言いながらトムは肩を回す。
「トム、見てみろよ。この大自然に囲まれたキャンパスを。これを見るだけでも、ここに来た甲斐があったというものだ。そう思うだろう?」
そう言いながら、ケニーは前方に広がる景色を指さす。長距離ドライブにつかれたご機嫌斜めなトムをなだめようと、話を自然の美しさに振ろうとしている。
「確かにすごい眺めだ。綺麗だよ。だがな、あのホテルはなんだ? プラザホテルで働いた君が“一生に一度でいいから泊まってみたい”とまで言うから、リッツやフォーシーズンを上回るすごいホテルだと思って来たんだ」
トムはキャンパス内にある、これから泊まるホテルに不満の矛先を振ってきた。
「あのスタトラー・ホテルは、近代ホテルの父と呼ばれる男の哲学が宿ったホテルなんだ。だから泊まりたいと言ったんだよ。なにも豪華だから泊まりたいと言ったわけではないんだ」
「近代ホテルの父? そんな男がいたのか?このアメリカに?」
「そうだ。スタトラーという人物だ。このアメリカの近代ホテルの基礎は、彼が造りあげたと言っても過言ではないんだ。世界中のホテルマン志願者があこがれる、このコーネル大学のホテル学部も彼が創設したんだよ」
「へえ、いったいどんな哲学があるというんだ?」
「それはだな……」