逆境こそチャンス。「ウェスティン」繁栄の礎を築いたホテルマンたち


メジャーシティーへの第一歩

サーストンとデユーパーは、アルファ保険会社に呼ばれてサンフランシスコのオフィスを訪ねた。オフィスは高層ビルの上層階にあり、広い窓からは、青い空を背景に、赤いゴールデンゲートブリッジとベイブリッジ。そして、そのあいだにアルカトラス島が見えていた。

「なんて綺麗な街なんだ。ここに素敵なホテルを持てたら……」

サーストンの独り言にデユーパーが頷いた。

「素敵かどうかは別として、ここに呼ばれたということは、どこかのホテルのマネージメント依頼を受けることになるのではないだろうか?」

「うむ。ヨーロッパは戦場となり、その火の粉がまもなく飛んでくるかもしれないというのに、この呑気さはなんなんだろう」

サーストンの言葉に、デユーパーは苦笑いを浮かべた。

コンコン。ギーッ。

ドアが開くと、アルファ保険会社のスタッフ、アダム・ロジャーが入ってきて、まずは握手を求めた。彼の後ろには、黒いスーツ姿の男が立っていた。アダム・ロジャーは二人に向かって話し始めた。

「本日、わざわざご足労いただきましたのは、貴社にサー・フランシス・ドレークを購入予定のお客様をご紹介したかったからです」

「サー・フランシス・ドレーク?」

サーストンはそうつぶやきながらデユーパーを見た。デユーパーも不思議そうな眼でサーストンを見る。

彼らの前に、黒いスーツを着た長身の男が歩み寄った。

「こちらが、デゴリアさんです」

デゴリアは「はじめまして」と、サーストンとデユーパーに握手を求めた。3人は握手を交わす。

「デゴリアさんはサー・フランシス・ドレークのオーナーになる予定です。我が社がそのローンをご用意させていただくことになっているのですが、いささか問題がありまして……」

アダム・ロジャーは一呼吸おいた。

「確かサー・フランシス・ドレークは、コンラッド・ヒルトンが2年前に購入したホテルです。もう売りに出したのですか?」

サーストンが首を傾げた。

「そうなんです。先々月、ローカルストライキが起こりました。それにより、利用客がごっそり減りまして、ヒルトンさんは見切りをつけたようです。丁度、他都市の大きな物件を買うために、資金が必要ということもあったようですが……」

デユーパーはサーストンと顔を見合わせながら尋ねた。

「それで、私たちに何をお望みですか?」

訝し気な2人に対して、アダム・ロジャーはこう答えた。

サー・フランシス・ドレークの経営は難しい状況にあると思います。ホテル運営経験のないデゴリアさんが経営するというのであれば、弊社としましては、ローンを手配することは難しいのです。ですが、もし貴社が運営してくださるというのであれば、ローン依頼に応じようと思っている次第です。また、できることなら、少しばかりオーナー権を保有していただけますと、さらに有難いのです」

グレート・ディプレッション(世界大恐慌)を乗り越えたコンラッド・ヒルトンは、1939年に地元・テキサス州以外では初のホテルを購入した。それがサンフランシスコのユニオンスクエア近辺に立つ“サー・フランシス・ドレーク”だった。1928年に4.1ミリオンダラーをかけて造られた435室の豪華ホテルも、コンラッドの計算の前にはわずか27万5千ドルになってしまっていた。そして、その2年後、早くもコンラッドは0.5ミリオンダラー(50万ドル)もの純利益を乗せた額で売り抜けようとしていた。

デユーパーとサーストンに迷いは無かった。どんな問題があろうとも、乗り超える自信はある。ヒルトンが諦めたホテルというのであれば、なおさらのこと。そのうえ、サー・フランシス・ドレークは“素敵なホテル”だ。だが、オーナー権を持つとなると、2人だけで決めるわけにはいかない。2人の脳裏には、ハロルド・マルトビーの顔が浮かんでいた。

「どの程度のオーナー権を持てばいいのでしょう?」

デユーパーが尋ねると、アダム・ロジャーは

「これくらいで、いかがでしょうか?」

3本指を見せた。

「ホテルの合計金額はいくらですか?」

約80万ドルです」

デユーパーとサーストンは顔を見合わせた。

「わかりました。オーナー権のことも含め、後日、ご返事をさせていただきます」

デユーパーとサーストンはアルファ保険会社のオフィスを辞すと、同じことを言いながら歩いた。

「さあて、ハロルドをどうやって説得するかだ」

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