逆境こそチャンス。「ウェスティン」繁栄の礎を築いたホテルマンたち
シアトルに戻った2人は、ハロルド・マルトビーを交えて話し合いを行った。
「24万ドルは安くないなあ。それもたったの30%でこの額とは、さすがサンフランシスコ。オレゴンのマルトノバホテルとは訳が違うな。それに、今後、戦争がどうなるかも心配だ。また、グレート・デイプレションが始まったら……」
マルトビーはこう言って、目をつぶる。
「我々は今まで、マルトノバホテルを除いて、不動産投資はしてこなかった。だが、ここらで投資をしていくことも考えなくてはならないのかもしれない」
こう言いながら、サーストンがマルトビーの顔を覗く。
「どうしてそう考える?」
マルトビーが聞き返す。
「ヒルトンもスタトラーも、ほぼすべてのホテルのオーナー権をもって運営をしてる。そして、頃合いを見計らって、ホテルを売って資産を膨らまし、さらに多くのホテルを買いこんでいる。今回のサー・フランシス・ドレークでも、ヒルトンは2年で50万ドルものキャピタルゲインを出したそうだ。たった2年で50万ドルだぞ。短時間でそんな利益を出すことは、今の我々のビジネスでは不可能なことだ」
サーストンは首を振った。
「ホテルチェーンが競う時代が来ると、数をもっていないところは不利になる」
そう言いながら、デユーパーは腕を組んだ。
「……なるほど。それなら、決まりだ。不動産投資をはじめようじゃないか」
あっさりとマルトビーは言った。
サーストンは目を丸くして、マルトビーを見た。
「それでいいのか本当に? これは賭けになるんだぞ」
マルトビーは両手をすぼめておどけたしぐさをしながら言う。
「数年前にマサチュセッツのホテルを買った、例のハーバード大学出の2人が、先日マガジンのインタビューに載っていた。ホテル業を始めた理由は、グレート・デイプレッションの後、真っ先に回復するのは不動産だと予想したからだそうだ。不景気で破産したホテルを購入して、資産を増やしてきたと書いてあった。これから、スタトラー、ヒルトン、そして、あのハーバード出のホテル屋たちと、俺たちは戦っていかなくてはなりそうだ。そのためには不動産投資で、ホテル数を増やすことが必要になるだろ」
「だが、今後の戦争の流れが気がかりだ」
デユーパーが目を細めながら横目でサーストンを見た。
「確かにそうだが、戦争はどうなるかわからない。わからないことを恐れ、動かなければ、取返しのつかないことになるかもしれない。だから、今回も賭けてみようじゃないか!」
マルトビーが笑顔で2人に向き合った。サーストンとデユーパーは深く頷き合った。
「わかった。じゃあ、ビール屋に戻ってしまったシュミットたちの店に行って、報告方々、新しい方針に乾杯と行くか!」
デユーパーが右腕を高く上げた。
「よし!」
サーストンも続いて右手を上げた。
こうしてウエスタン・ホテルズは、パーシャルオーナーとしてサー・フランシス・ドレークの運営を始めた。時を経ずして、サー・フランシス・ドレークは、予想以上の利益を生み出し始める。同年、12月8日に起きた真珠湾攻撃をきっかけに、日米戦争が勃発。戦場に送られる多くの兵は西海岸に集まった。それに伴い、関連業者の旅行が急増したからだった。
サンフランシスコのホテルは連日満室で、その状態は終戦まで続いた。このホテルの大成功により、ウエスタン・ホテルズはサンフランシスコにもう1軒“モウリスホテル”を、ロスアンゼルスに“メイフェアーホテル”を獲得するに至った。