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世界のホテル王「ヒルトン」はいかにして世界大恐慌を乗り越えたのか

ケニー・奥谷
ケニー・奥谷
2018/07/14

米国でホテルコンサル業を営むケニー・奥谷さんが、海外の高級ホテルやその創業者たちの偉大な業績を紹介する当連載。今回取り上げるのは、ヒルトンホテルの創業者であるコンラッド・ヒルトン(1887年~1979年)。世界大恐慌によって破産寸前まで追い込まれたものの、持ち前の才覚で立て直して一大ホテルチェーンを築き上げるまでの軌跡と、彼が買収したニューヨークの名ホテル「プラザホテル」内にあり“世界一美しいカフェ”とも称される「パームコート」の今を紹介しています。

【第1回】逆境に打ちかった不屈のホテル王「ヒルトン」が残した教訓
【第2回】誰もが旅を楽しむ時代をいち早く見据えていた「近代ホテルの父」の生涯
【第3回】志半ばで倒れたホテル王「セザール・リッツ」の成り上がり人生

イエローキャブ誕生

1907年10月1日、まもなくプラザホテルのオープニングセレモニーが始まろうとしていた。

ホテルの59ストリート側の入口には赤いテープが張られ、オーナーは大きなハサミでそれを切る練習をしている。多くの人ががやがやざわざわと動きまわるなか、じっと動かずに立ち尽くしている人物がひとり。その男は赤と緑で色分けされた派手なスーツに身を包み腕組みをしている。

バサバサバサ……

大きな羽ばたき音にひかれて、男は視線を向けた。ハヤブサがセントラルパークの中にある木にとまっていた。目線が合うと、ハヤブサは男をじっと睨みつけた。その時だった。遠くからファンファーレが鳴った。

ハヤブサは危険を感知したかのように木から飛び降り、降下してから翼を広げ、空を滑るように高く舞った。その様子を目で追ったは、太陽光線の眩しさに目を細めた。ファンファーレはしだいに大きくなり、木々の葉は振動を始めた。男は腕を組みなおして、口元をほころばせた。

ファ~ン、ファ~ン

大きな音とともに、赤と緑で色分けされたたくさんの車が60ストリートから現れ、フィフスアベニューを左折した。その行進は途切れることなく、無数とも感じられるほど多くの車がプラザホテルの前を通り抜けて行く。

「これであのときの借りは返したぞ」

男は独り言をつぶやいた。

 

9か月前の寒い夜のこと。ハリー・アレンはガールフレンドのマリアと食事を終え、彼女を送っていく途中でタクシーを拾った。歩いても10分かからない距離だったが、寒さに震えているマリアが可哀想になり、前から来た車に向かって手を挙げたのだ。

せいぜい1ドルだろうと思っていたら、下りるときに5ドルを請求された。

「たった3分の1マイル(530メートル)だぞ。なんで5ドルもするんだ!」

ドライバーは首を横にふるだけだった。ハリーはしぶしぶ5ドルを払った。

「クソッ、こうなったら、俺がタクシー会社を始めてやる。それも、こんなポンコツスモーキーワゴンではなく、ヨーロッパの最新自動車で!」

怒りに震えながら誓ったハリーは、それから投資家を集めるためにヨーロッパへと渡った。幸運にもフランスとイギリスで、一人づつ投資家を得ることに成功する。足りない資金はストックブローカーだった父親とその仲間から借り、8ミリオンダラー以上もの資金調達に成功する。

ハリーは、それでフランス製のガソリン車を65台も買い込み、さらには“ぼったくり”でないことを証明するために、料金メーターも取りつけた。1マイル(1.6キロ)50セントの運賃を決め、プラザホテルの中に事務所を借りたのだった

 

不意にポンと肩を叩かれて、ハリーは後ろを振り向いた。

「あっ! ハーデンバーグさん! ご機嫌いかがですか?」

肩を叩いた男は黒いスーツに黒い鞄を抱え、物静かな笑みを浮かべた老人だった。

「ありがとう。私は元気にしていますよ。君はどうですか?」

「ありがとうございます。僕も元気です。とくに今日は! 僕のタクシービジネスの初日ですから」

「そうですか!それはおめでとう。それにしても素敵な車ですね」

ハーデンバーグは目の前を行進していく車を見ながら言った。

「有難うございます。アメリカの車は洗練されていないので、フランスから買い込みました。このプラザホテルに暮らす人々がターゲットですから、それなりの車を用意しなければいけないと思ったんです」

「先ほど、チェックインする人の名簿をみせてもらいましたが、それはそれは有名富豪ファミリーばかりでした。アスター家もバンダービルト家もいました。このホテルの前にタクシーを並べれば、大繁盛すると思いますよ。目のつけ所がいいですね」

「そうですか! そう思いますか? はははははは」

ハリーは頭の後ろをかいた。そして背後にある建物を見上げた。

「それにしてもすごい建物ですね。まるで中世のお城のようだ。ニューヨークのシンボルになるでしょうね」

「有難う。なにしろ、建築費に12.5ミリオンダラーもかかりましたからね」

「12.5ミリオンダラー! それは記録的な額でしょう。ハーデンバーグさんが建築した建物を他でも見てきました。25年前に建てられたダコタ・ハウスから始まり、ワシントンDCのウイラードホテル、そして、フィフスアベニューのウオルドルフホテルアストリアホテル。どれもすごい建物でした」

「お褒めいただきありがとう」

「プラザホテルで成功したら、他のハーデンバーグさんが建てたホテルの前にも車を並べるつもりです」

「きっと大成功しますよ。どれも大富豪が暮らすアパートですから」

ハリーのタクシービジネスは、ハーデンバーグの予想通り大成功を収め、1年後にはタクシー台数が700台にまで増えた。また、遠くにいても目立つように、赤と緑の柄を黄色に塗り替えた。これがニューヨーク・イエローキャブの始まりだった。

ケニー・奥谷

奥谷啓介、NY在住。慶応義塾大学卒業後、ウエスティンホテルズ入社。シンガポールのウエスティン、サイパンのハイアット、そして世界屈指の名門ホテル・NYのプラザホテルに勤務。2001年米国永住権を取得、現在はNYを拠点に執筆&講演&コンサルタント活動中。日米企業にクライアントを持ち、サービス・売り上げ・利益向上の指導からPR&マーケティングまでのマルチワークをこなす。
メルマガ:「ニューヨーカーたち」 by ケニー・奥谷

世界のホテル王「ヒルトン」はいかにして世界大恐慌を乗り越えたのか
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