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世界のホテル王「ヒルトン」はいかにして世界大恐慌を乗り越えたのか

ケニー・奥谷
ケニー・奥谷
2018/07/14

コンラッドの計算

それから35年。

「キャサリーン、時間ある?」

コンラッドは隣の部屋にいるキャサリーンに届くほどの大きな声を出した。

「はい、すぐに参ります」

秘書のキャサリーンも負けずに大きな声をあげる。

キャサリーンが入ってくると、コンラッドは椅子を引いて、彼女を座らせた。そして、資料を手渡した。資料を片手にキャサリーンは、目を大きくあけてコンラッドを見た。

「これって! どれも大きなホテルですよね。それに、このプラザホテルって、あのスコット・フィッツジラルドが書いた“ザ・グレート・ギャッビー”にでてくる超豪華ホテルですよね? 学校の授業で読みました」

コンラッドは鼻の下のひげをツンツンと引っ張った。

グレート・ディプレッション(世界大恐慌)には、ひどい目にあわされた。またあのような時代がやってくるかもしれない。これからは不況に強いホテルを運営するつもりだ。だから、グレート・ディプレッションを乗り越えた大型ホテルを選んでみたんだ。ウオルドルフ・アストリアを除いてね」


キャサリーンが2回瞬きをした。それは、意味が分からないというときの彼女の癖だ。

ウオルドルフ・アストリアは、グレート・ディプレッションが終ってから建てられたんだ。もともとは、1880年代にウオルドルフホテルとアストリアホテルという2軒のホテルが建てられた。二つとも大富豪アスター家が建てた素晴らしい豪華ホテルだった。だが、マンハッタンの中心にエンパイアステートビルを建てるという計画には勝てず、2軒とも壊されてしまった。それらのホテルのネームバリューをなくしてはもったいないという投資家がいて、パークアベニューに1200室のホテルを建て、“ウオルドルフ・ホテルアストリア”と名付けたという経緯だ」

「そうだったんですか!」

キャサリーンはうなずいてリストに視線を戻した。

「しかしこれらのホテルは、なぜグレート・ディプレッションを乗り越えることができたんですか?」

「それをこれから話そうと思っていた。まず、ホテル・ペンシルバニアから説明しよう。このホテルが生き残れた理由は2つある。1つはロケーションの素晴らしさだ。ペンシルバニア・ステーションという、巨大な鉄道の終着駅に隣接して建てられたから、大勢の旅行客を捕まえることができた。そして、もう一つの理由は、ホテルを研究しつくしたスタトラー理論に基づいているから、多額の利益を出すことができたということだ」

「多額の利益を出すことができた?」

キャサリンは2度瞬きをした。

儲かるホテルにしようと思ったら、設計する時からホテルを熟知した人が入らなくてはならない。同じ場所に同じフロアー面積のホテルを建てるにしても、500室にしたらいいのか、300室にしたらいいのか。部屋の広さはどれくらいにしたらいいのか。スタッフの数は何人くらいで動かすホテルにしたらいいのか。エレベーターやキッチンをどこに置いたら、最も経費がかからないオペレーションができるのか……など、考えだしたらきりがない。それらは立地条件・時代の流れ・経済動向・人間の習性など、様々な要素を考慮して決定されなくてはならない、とても難しいことなんだ。スタトラーはそれを研究し、理論としてまとめあげた。そして、最も儲かるホテルにするにはどうすればいいかを体系化した」

「つまり、スタトラー理論では、ペンシルバニア駅の前に建てるホテルは2000室にすべきということだったんですね」

コンラッドはうなずいた。

「多くの人が集まる場所だったから、巨大エコノミーホテルにしたんだ。それにより、莫大な利益をあげることできた」

「やはり生き残れたホテルには、それなりの理由があるものなんですね。このルーズベルトホテルも、グランドセントラルターミナル駅の近くですものね」

「そう。これもロケーションに恵まれていた。グランドセントラルターミナルとは地下通路でつながっていたんだ」

「冬の寒いときなんて、とても便利ですね。やはりホテルにとって一番大切なのはロケーションなんですね!」

「もちろんそれもそうだが、ホテルのランクも大きな要素だ。ルーズベルトホテルの隣にあるリッツ・カールトンはランクが高すぎた。もう解体は免れないと聞いたよ」

「ええ! 解体なんてもったいない。高いお金をかけて建てたのでしょうに」

「残念だが、現在あの手の高級ホテルを経営していくのはとても難しい。第一次世界大戦後の1918年頃から始まった異常な好景気時代から、グレート・ディプレッションで奈落の底に落とされるまでの10年間は良かっただろう。だが、今は高級ホテルに泊まる人の絶対数が少なすぎる。その上、戦争が終らなければ、リッツのネームバリューに惹かれて来る欧州からの渡航客がいない。ホテルは売りたくても二束三文にしかならないから、どん詰まり状態に違いない」

「あんなに豪華なホテルが二束三文ですか?」

ケニー・奥谷

奥谷啓介、NY在住。慶応義塾大学卒業後、ウエスティンホテルズ入社。シンガポールのウエスティン、サイパンのハイアット、そして世界屈指の名門ホテル・NYのプラザホテルに勤務。2001年米国永住権を取得、現在はNYを拠点に執筆&講演&コンサルタント活動中。日米企業にクライアントを持ち、サービス・売り上げ・利益向上の指導からPR&マーケティングまでのマルチワークをこなす。
メルマガ:「ニューヨーカーたち」 by ケニー・奥谷

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