世界のホテル王「ヒルトン」はいかにして世界大恐慌を乗り越えたのか
ヒルトン対スタトラー
コンラッド・ヒルトンは、1943年にルーズベルトホテルとプラザホテルを買収したあと、1949年にウオルドルフ・アストリアをも手中に収めた。そして、リストにあった最後のホテル、ペンシルバニアホテル獲得へと動きだした。
コンラッドはザ・ホテルズ・スタトラー・カンパニーのオフィスにいた。これが3度目の訪問になる。過去2回とも、スタトラーの意思を継ぐ者たちは強いカンパニーポリシーを全面に出し、コンラッドが高い金額を提示しようとも、ホテルを売ることに合意しなかった。コンラッドは最後の提案を用意してミーティングに臨んだ。
「ヒルトンさん、あなたの弊社へのご感心には感謝いたしております。しかし、私どもはスタトラーの遺産とも言えるこのホテルを売るつもりはありません。ようやく5年前に買いあげて、名前を“スタトラーホテル”に変えることができたのです」
ザ・ホテルズ・スタトラー・カンパニーの取締役であるマイク・ハーベイは、腕組みをしながら首を左右に回す。コンラッドはハンカチをポケットから取り出して額に当てた。頭部から垂れていた汗が吸い取られていく。
「ハーベイさん、私はスタトラーさんを尊敬しております。この世から、スタトラーホテルを消すことなど考えておりません」
マイクは首を小さく傾けた。
「えっ? では、なにが目的なのでしょう?」
コンラッドは姿勢を正すために座りなおした。
「ご存知のように、戦争を終えてからというもの、経済発展は目覚ましく、それに伴いホテルの数が急増しています。これから、我々のようなホテルチェーンが伸びていくためには、いかに優れたマーケッティング戦略を行えるかが勝負になってきます。私は来年、全てのヒルトンホテルの予約を取るための予約センターを設立しようと考えています」
「予約センターを設立するのですか?」
コンラッドは頷いた。
「そうです。ヒルトンホテル専用の電話番号に電話すれば、アメリカ中のどこのヒルトンホテルにも予約ができるようにするのです」
マイクは腕を組んだ。
「私たちは、スタトラーの意思を継いで、時代にあったホテル運営の効率化を進めてきました。予約センターというアイデアは、もしスタトラーが生きていたなら、きっと考えだしたことに違いありません」
「私もそう思います。予約センターこそ、今の時代が必要としているものなのです。私が行わなくても、遅かれ早かれ誰かが行うでしょう」
「ウエスタンホテルやシェラトンホテルがホテル数を伸ばしてきていますから、彼らも考えているかもしれないですね」
コンラッドは深くうなずいた。
「私としましては、彼らに先を越されるわけにはいかないのです。しかし、まだホテルの数が20足らずです。これでは予約センターはその力を発揮できない」
「ということは、その中に、スタトラーホテルズを入れたいと?」
コンラッドはうなずきながら、額にハンカチをあてた。
「スタトラーホテルには多くのファンがついています。この名前を消すなどということは考えていません。スタトラーとヒルトンが組んだシステムをつくれないかと考えております。つまりお互いのホテル同志でPRをしあうのです。こうしたマーケティング活動こそ、今、必要とされていることではないでしょうか? 普段、人は忙しくて、ホテルの情報誌などに目を通す時間はありません。しかし、ホテルの部屋に戻ってきたときに、手持ち無沙汰な時間ができることがあります。その時に情報誌が置いてあれば、目を通します。その時間を利用するのです」
マイクは目を閉じた。1901年のバッファローで行われたエキスポで働いたとき、エルスワースが笑いながら言い放った言葉が脳裏によみがえってくる。
“一握りの金もちのためよりも、多くの庶民のために役立ったほうが、より生きがいを感じられるんじゃないのか?”
“ビジネスは確率を計算しながら行うものだ”
エルスワースが望んでいたことは、ただホテルチェーンを運営していくことではない。もし彼がここにいたなら、あの豪快なエルスワース・スタトラーなら、革新的な夢を持ち、それを実現させるために動いていたに違いない。私たちでは彼の代わりにはなれない。だが、この男なら……。
「ヒルトンさん、どのような形で、私たちと組んでいただけるのでしょうか?」
コンラッドは思わず口元がほころびそうになるのをおさえた。
「スタトラーホテルは、“スタトラー・ヒルトン”という名称で運営を続けます。予約を統合し、相互PRを行います。そして、貴社の組織はそのままの状態で残し、私の会社が投資をいたします」
1954年、ヒルトンはスタトラー経営のホテル全てを、ザ・ホテルズ・スタトラー・カンパニーごと買いあげた。それにつぎ込んだ金額は111ミリオンダラーズ。当時の不動産取引としては世界最高額となった。ホテル・ペンシルバニアは、その名称をスタトラーホテルからスタトラーヒルトンへと変えた。
(つづく)
(注)登場人物ならびに、人物の言動が必ずしも事実と一致しているとはかぎりません。