逆境こそチャンス。「ウェスティン」繁栄の礎を築いたホテルマンたち
アメリカ初のホテルマネージメントカンパニー
1929年10月から始まったグレート・ディプレッション(世界大恐慌)は、アメリカ中の産業を砕いていった。失業率は25%にのぼり、平均給与は42%ダウン、工業生産高は48%下落、国内総生産は30%も落ちた。
こんな状態で、人々が旅をするはずもない。人が来なければ、ホテルは利用されない。アメリカ国内の8割ものホテルが、次々に廃業へと追い込まれていった。
1930年のある朝、ワシントン州シアトルでホテルを営むセバート・ターストンは、シアトル東部郊外の小さな街“ヤマキ”にある行きつけのコーヒーショップへ、朝食を食べに歩いて向かっていた。見上げると、青空が広がっていた。
「この空のように心も晴れたらなあ。そろそろホテルに見切りをつけなければならないのか。1910年にハロルドとホテル運営の会社を設立してから20年、これまで順調に来たのに、まさかこんなことになるとは……」
店に入り席に着くと、顔見知りの男が目に入った。
「あの人はフランク・デユパー。この店にいるとは、ずいぶんと偶然もあったものだ。彼のホテルも大変な状態に違いない。一つ様子を聞いてみるか!」
ターストンは立ち上がり歩みよった。
「デユーパーさん、お元気ですか?」
男は顔をあげて、ターストンを見た。
「おおお、サーストンさん、これはこれはご無沙汰しております。私はなんとか生きていますよ。サーストンさんはいかがですか?」
「私もなんとか生きています」
普通なら「アイ・アム・ファイン(元気です)」と言うところ、二人ともそう言えず、顔を見合わせて笑った。
「いやはや、なんとも酷い状態です」
ターストンがそう言うと
「私も同じです。そろそろホテル業は終わりにしなければならないかと思っています」
と、デユーパーが返した。
全く同じ境遇にいると察し、サーストンはデユーパーを見つめた。
「もしよろしかったら、一緒に食べませんか?」
そう言いながらデユーパーは立ち上がり、サーストンが座れるように椅子を引いた。
「それでは、お邪魔させていただきます」
サーストンは席に着いた。
「どのような状況ですか?」
サーストンが尋ねた。
「お恥ずかしいことながら、壊滅状態です。もう半分のスタッフをレイオフし、使える部屋数を3分の1にしました。もともと130ルームしかないホテルですから、今は、40ルーム程度にしてあります。それでも昨晩は半分しか埋まりませんでした」
「私のところも同じ状態です」
「そうですか。私のところが異常に悪いのではないかと思っていましたが、そうではないんですね」
「このままですと、ほとんどのホテルは廃業になりますね。今、3分の1の半分しか埋まっていないとおっしゃいましたね。私のホテルもほぼ同じですから、この町のホテルの稼働率は大体16%程度ということです。なんとか経費を下げて、稼働率をあげる方法はないものかと、考えています」
そう言いながら、サーストンは頭を小刻みに振った。
「この際、ホテル同士で少ないパイを取り合うのはやめて、共同でこの危機に対処するというのはどうですか」
デユーパーが真剣な目を向けると、サーストンは小さくうなずいた。
「私も今、それを考えたところです。たとえば、経理、宣伝、購買などは1軒のホテルだけでなく、複数で兼用できます。4軒で兼用すれば、こうした部署の人件費は25%になる計算です」
デユーパーは身を乗り出しながら、こう答えた。
「なるほど、それはいい方法ですね。私たちだけのホテルでなく、他のホテルも含めれば、経費を大きく減らせます。何といってもホテルで一番大きな経費は人件費なわけですから……」
こうして二人は助け合いを行うため、「ホテルマネージメントカンパニー」を設立することで合意した。内容は、オーナー権もホテル名も変えず、会計、広告、購買、予約、人事(人事権はオーナーが持つ)を任せるかわり、売り上げの1%を払ってもらうシステムにし、社名をウエスタン・ホテルズとした。彼らは知り合いのピーター&アドルフ・シュミットの二人にも参加を呼びかけ、彼らが保有するピージェット湾沿いの5軒のホテルも加えた。
瀕死状態でなすすべもないホテルオーナーたちは、救いの手をつかもうとばかりに集まった。その結果、アイダホのボイシにある1軒のホテルとワシントン州にある17軒のホテルが契約し、初年度から計18軒ものホテル、合計部屋数3137でスタートを切った。これがアメリカにおけるホテルマネージメントカンパニー(ホテルを運営する会社)の始まりだった。
協力体制の下に運営されるホテルは強く、参加したホテルは大不況時代を乗り切ることに成功する。翌年の1931年には、カナダのバンクーバーのジョージアホテルも傘下に入った。しかし同年、その後のウエスタン・ホテルズのポジションを左右する、極めて重要な局面を招く事態が起こる。