セーラー制の制服の誕生は京都!?-意外に知らない京都初の○○シリーズ第2弾-

みなさんの学生時代、制服は何でしたか?  やっぱりセーラー服は一度は来てみたい女子の憧れですよねー。 京都の歴史を紐解けば、あなたの身近にあるあんなものやこんなものが、京都発祥だったとは!? 意外に知られていない京都発祥の○○シリーズ。第2弾は「セーラー服」です。(写真提供:平安女学院)

制服のはじまりはブーツに袴に大きなリボンのザ・女学生スタイル

洋傘は当時、最先端のファッションアイテムのひとつ

セーラー服誕生の話をする前に女学生の制服の変遷について少し。日本で女学生の制服が登場するのは明治時代。着物に海老茶(紫がかった暗赤色)の袴、革のブーツというスタイル。そう!マンガ『はいからさんが通る』(古い?)にも登場する、あのいでたち。この格好をした女学生さんたちは当時、海老茶式部だなんて呼ばれたんですって。現在では卒業式に着る衣装としても人気ですよね。

ヨーロッパのファッションシーンでセーラー服が大流行

大正9年頃から行われた修学旅行で。場所は別府

その制服にセーラー服が採用されるのは大正時代になってから。その頃、ヨーロッパではイギリス海軍の制服であったセーラー服が大流行。子供服や女性のファッションとして人気を博していたんだそうです。
そして、その流行の最先端であるセーラー服を、制服としていち早く取り入れたのが京都市上京区にある平安女学院なんですって(諸説あり)。平安女学院は明治8(1875)年に米国聖公会宣教師エレン・エディ女史によって作られたミッション・スクール。当初、制服は袴でしたが大正9(1920)年、ワンピーススタイルのセーラー服を導入。

可愛すぎる!!! 平安女学院のセーラー服

ワンピースに白いカラーの制服はがモダンなのに可憐で上品! 「あの制服を着たい!」 と当時の女の子たちに人気だったそうですよ。確かに、今、みてもカワイイ~(#^^#) 赤い帽子もセットなんですね、これ、着てみたい!! (ちなみに翌年、名古屋の金城女学校や福岡女学院が現在、定番の形となっているセパレートタイプのセーラー服を導入したそうです)

その後、昭和4(1929)年には本科生の冬服は濃紺のサージ地に白のカラーと赤いネクタイ(写真左)、夏服は浅葱色の木綿地に白のカラーと青いネクタイ(写真中央・右)に。浅葱色のセーラー服なんて涼やかでステキですね。

ちなみに現在も中等部はセーラー服ジャケット(写真)。こちらも人気ですよね。中等部はパンツスタイルもあるんですねー。おしゃれですね。

セーラ服にもこんな歴史があったなんてビックリ。流行の最先端をいくものだったんですね~。みなさんも「京都初の○○」調べてみてはいかがですか?

source:KYOTOSIDE

※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。


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