アルメニア人の心のよりどころ。アララト山麓に佇む「ホルビラップ修道院」と歴史

アララト山とホルビラップ修道院 image by:Haru

アルメニアの首都エレヴァンから、車で約1時間。トルコとの国境に近づくにつれて、その雄大な姿を現すのが「アララト山」(トルコ領)です。

古来からアルメニア人にとって霊峰とされ、麓には多くのアルメニア人が暮らしてきた場所でしたが、第一次世界大戦中の強制移住やジェノサイドによって、いまではトルコ領に住むアルメニア人はほとんどいないとか。

ただ現在でもアララト山は、アルメニア人にとって心のありどころとされているのです。そんなアララト山の麓に佇む、歴史ある「ホル・ヴィラップ修道院」をご紹介します。

世界で最初にキリスト教を国教に制定したアルメニア

アルメニアにおけるキリスト教の歴史は長く、異教徒だったアルメニア王トゥルダット3世が改宗し、世界で最初にキリスト教を国教に制定したのは301年のこと。

「ホル・ヴィラップ修道院」の全景 image by:石黒まり花

ローマの属国時代、トゥルダット3世に洗礼を授け、エチミアジンに教会(現大聖堂)を建てたアルメニア使徒教会の創設者である聖グレゴリオスは、ホル・ヴィラップ修道院との関わりが深くあります。

聖グレゴリオスが幽閉された修道院。image by:石黒まり花

アルメニア正教会とも呼ばれているアルメニア使徒教会とは、十二使徒がアルメニアにキリスト教を伝えたとされ、非カルケドン派です。

ちなみに、451年に行われたカルケドン公会議で、イエス・キリストに神性と人性の両方があることを確認したのですが、それを肯定しているのがカルケドン派。キリストに人間性は確認しないとしたのが、非カルケドン派です。

アルメニア人の心のよりどころ、霊峰「アララト山」

雲に隠れる小アララト山(左)と、大アララト山(右) image by:石黒まり花

筆者が訪れたときは、標高5,137mの大アララト山頂が見えました。しかし小見えたら大見えずの雲行きで、3,896mの小アララトの両山頂をとらえるのは難しい空模様。

そんな小アララト山ですが、実は富士山よりも高く、大アララト山はアルプスの最高峰モンブランよりも高いのですから驚きです。


『旧約聖書』にでてくるノアの箱舟が、大洪水のあと流れ着いたとされているアララト山。そのアララト山を背景に建っているのが、3世紀創建のホル・ヴィラップ修道院です。

聖グレゴリウスが幽閉されていたホル・ヴィラップ修道院

要塞のような壁と「ハチュカル(石の十字架)」image by:石黒まり花

ホル・ヴィラップ修道院を囲む壁は、まるで要塞のようにそびえています。「ホル・ヴィラップ」というのは「深い穴」という意味なんです。

アルメニアがまだキリスト教を国教と定める前のことですが、キリスト教の布教に努めていた聖グレゴリウスが、異教徒という理由で地下牢の穴に13年もの間、トゥルダット3世によって幽閉されていたところなので、その名前がつけられています。

修道院内。image by:石黒まり花

その後、病に罹ったトゥルダット3世が聖グレゴリウスを解放したことで、自らの病気が癒えたことから、キリスト教に改宗したといわれているのです。

地下牢は現在でも残っていて、ハシゴで降りていくことができますが、寝そべることも難しいほど狭い穴。本当だとしたら奇跡のような話ですね。

「ホル・ヴィラップ修道院」の礼拝堂。image by:石黒まり花

アルメニアの教会で必ずといっていいほど見かける「ハチュカル」は、さまざまなデザインの十字架の彫刻を施した石のことです。

ホル・ヴィラップ修道院でも、十字架のレリーフが美しいハチュカルが、至るところに飾られています。

礼拝堂内。image by:石黒まり花

礼拝堂はとてもシンプル。正教会の特徴ともいえるイコノスタシス(内陣と祈祷する場所を隔てるための壁)はありませんが、いくつか十二使徒のイコンが残されています。

十二使徒がアルメニアにキリスト教を伝えたとされるアルメニア使徒教会ですが、十二使徒ってご存じですか?

十二使徒にはそれぞれシンボルがあるので、教会を訪れるときに知っているとわかりやすいですよ。余談になりますが記しておきますね。

漁師であり、初代ローマ教皇とされるペテロのシンボルは「鍵」。ペテロの弟アンデレは、X字型の十字架にかけられ殉死、そのためシンボルは「X字型十字」です。ペテロとアンデレとともに漁師であったヤコブのシンボルは「ホタテ」。

財務を担当していたユダは、イエスを銀貨30枚で売り渡した裏切り者ですが、シンボルは「財布・鳩・悪魔」とされています。

ユダの後任としてくじ引きで決まったという、マティアのシンボルは「斧」。唯一殉教せず、福音書を書いたヨハネのシンボルは「毒蛇の入った杯」。

税金徴収担当のマタイのシンボルは「財布」、トマスは「大工定規」、フィリポは「十字架」、バルトロメイは「ナイフ」、シモンは「のこぎり」、小ヤコブは「こん棒」、タダイは「槍」、となります。

13人いるのは、ユダの代わりにマティアが入ったためです。イコンの聖人は、シンボルも描かれていることが多いので、知っておくと豆知識として歴史を楽しめますよ。

「アララト山」と「ホル・ヴィラップ修道院」image by:石黒まり花

修道院の後方にある丘に登ると、修道院の全景とアララト山が見えます。大きな国旗が掲揚されているのを見ると、国境近くにいることを実感します。手が届きそうなところに見えるアララト山が、アルメニアになくトルコにある現実。

いろいろと簡単ではない現実はあっても、アララト山とホル・ヴィラップ修道院の景色がすばらしく美しいことには変わりありません。いつか自由にアララト山に行ける日が来るといいですよね。

  • image by:石黒まり花
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