冬の教室、ガスストーブの前で。女子高生だった私の3年間の恋が終わった

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私たちはこれからもっと勉強で忙しくなって、学校で山内くんと顔を合わせることも、見かけることさえもなくなるだろう。

それぞれがストーブと電気を消して、私が教室の鍵を閉める。

下駄箱の前で彼女と待ち合わせをしているという山内くんと一緒にいられるのは、教室の鍵を返す職員室までの、残り100mほど。

一歩一歩が大切で、この瞬間をいつでも思い出せるように心に焼き付けようとして、口数が減ってしまう。

こんな時間が、ずっと続けばいい。ずっと高校生のまま、山内くんを好きでいられたらいいのに。そうしたらいつか山内くんは、私のことを好きになってくれるかもしれないのに。

大学に行ってしまえば、もう会えないかもしれない。いっそ受験なんてなくなればいいのに。終わるな、終わるな、終わるな、ずっと続け。

念じても、時間は止まってはくれない。なんとなく無言のまま、職員室に着いてしまった。

「っていうか、私のマフラーいつまで持ってるん?」

「あ、ほんまや。返すわ」

山内くんからマフラーを受け取ると、自分から先に手をふって、職員室の扉を開けた。

「じゃあ、バイバイ!また!」

最後くらい、私から別れを告げたかったのだ。

職員室に鍵を返し、もう誰もいない下駄箱で靴を履き替え、マフラーに微かに残る山内くんの匂いに顔をうずめながら、駅までの道をひとりで歩いて帰る。

あんなに忘れないようにと強く思っていたはずなのに、その帰り道にはもう、山内くんとふたりだけの時間をうまく思い出すことができなかった。

――まあ、こんなものか。

そう諦めて、切り替えたふりをして塾について椅子に座ると、ふとスカートの茶色く焦げた端が目に入った。

その瞬間、山内くんとの時間が鮮明にフラッシュバックした。あれはまぼろしではなく、私はあの熱、匂いを、いま生々しく思い出せる。

山内くんのズボンにも、私のスカートのように小さな焦げ跡が残っているのだ。

この思い出だけで、十分だと心から思った。きょうじゃなくてもいい、卒業してからでもいい。いつでもいいから、ズボンについた焦げ跡を見つけたとき、あの瞬間の確かな時間を、山内くんが思い出してくれればいい。それだけで、未来に進む理由になる。

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あの教室から10年ほど経ったいまでも、私は勉強に励む女子高生を見かけたとき、赤く燃えるガスストーブの匂いに触れたとき、真っ暗な冬の夜にどこかの学校の教室の蛍光灯が浮かんで見えたとき、ふとこの記憶がよみがえる。

結局まったく叶わなかった恋だったけど、好きだった気持ちは確かにあった。そしてそこまで人を好きになれた自分を、いまではちょっと羨ましく思ったりする。

全力だったあのころの私は、とてもとても美しかった。

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