大谷翔平選手と水谷一平氏をめぐる大騒ぎで、私たちは嫌になるほど「スポーツ賭博」という言葉をヘッドラインで目にしました。2024年はまだ半分も過ぎていませんが、年末には流行語大賞の有力候補に挙がるかもしれません。
この話題を分かりにくくしている要因のひとつは、「カリフォルニア州では」スポーツ賭博は違法であるという部分です。さらに付け加えるならば、「現在では」という但し書きも必要になるでしょう。
スポーツ賭博に関する米国内の状況は複雑なパッチワークのようで、しかもここ数年で大きな変化が進行中の過渡期でもあるのです。
大昔から米国社会に存在したスポーツ賭博
そもそもスポーツの勝敗やアスリートのパフォーマンスにおカネを賭けるという賭博行為は、はるか以前から米国社会に存在していました。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』を思い出して下さい。ビフ老人があらゆるスポーツの記録を掲載した年鑑を2015年からタイムマシンで1955年に持ち帰ります。
「この本は世紀末までのすべてのメジャースポーツの結果が載っている。アメフト、野球、競馬、ボクシング。この情報は大金を生む」という老人の言葉を信じられなかった青年も、カーラジオから流れる大学アメフトの試合が年鑑に記載された通りに進行することを耳にして仰天します。
その後のビフ青年は、年鑑の情報を基にスポーツ賭博で巨額の財を築きます。
この映画が公開されたのは1989年。ストーリーの設定は1955年。その頃から、米国社会においてスポーツ賭博は珍しいものではなく、そしてその対象はアマチュアスポーツにまで広がっていたのです。
ただし、当時はネバダ州を除いて米国の大部分ではスポーツ賭博は合法ではありませんでした。映画ではその辺の事情を詳しく説明していませんが、カリフォルニア州ヒル・バレー在住のビフはネバダ州ラスベガスにまで賭博に出かけたか、あるいは水原氏のように違法胴元と取引をしたのかもしれません。
スポーツ賭博拡大のきっかけになった2018年の最高裁判断
2024年4月現在、米国内50州のうち38州とワシントンDCでスポーツ賭博は何らかの形で合法化されています。合法化された州と地域のうち、29州でオンライン賭博も許可され、それ以外の州ではカジノなどの施設での賭博のみが合法です。
ほとんどの州では賭博を行うことができる最低年齢を21歳以上としていますが、いくつかの州では18歳以上となっています。
この複雑極まりない状況を生み出す契機となったのは2018年の連邦最高裁判決です。それまで米国内の州にプロ及びアマチュアスポーツの賭博を合法化することを禁じていた法律(Professional and Amateur Sports Protection Act、略称PASPA)が米国憲法修正第10条に違反するとの判断が下され、各州それぞれがスポーツ賭博を合法化するか否かを決定できることになりました。
それから僅か6年足らずで、スポーツ賭博が合法ではない州の方がむしろ少数派になりました。2024年4月現在、カリフォルニア、テキサス、アイダホ、ユタ、ミネソタ、ミズーリ、アラバマ、ジョージア、サウスカロライナ、オクラホマ、アラスカ、ハワイの計12州です。
もっとも、カリフォルニア州とテキサス州を合わせるだけで米国総人口の約20%に相当しますので、依然としてアメリカ人の多くはスポーツ賭博を合法的には行えていないことになります。
ただし、これらの州の法律もいつ変わるかは分かりません。カリフォルニア州では2022年11月の中間選挙において先住民カジノにおけるスポーツ賭博の合法化(Prop26)が争点になりましたが、反対票67%で見送られました。
ご存知の通り、2024年11月には米国大統領選投票が行われます。その際には州・地域レベルの法案可否の投票も行われます。すなわち、上の状況は複雑なだけではなく、極めて流動的なのです。
市民権を得たオンラインのスポーツ賭博とその矛盾
2019年のマスターズで14年振りの優勝をはたしたタイガーウッズに全財産を賭け、119万ドル(当時の為替レートで約1億3300万円)を獲得した人の記事を翻訳したことがあります。
ウィスコンシン州在住のある男性がラスベガスへ飛び、かき集めた現金をバックパックに詰め込み、そしてカジノに向かいました。ウィスコンシン州でスポーツ賭博が合法化されたのは2021年11月。この人が自らの人生をウッズの復活劇に賭けるためには、約3,000㎞離れたラスベガスまで旅をしなくてはならなかったのです。合法の範囲に留まるためには、ですけど。
それから僅か5年しか経っていませんが、スポーツ賭博の主流はオンラインへと変容しました。スマホにブックメーカーのアプリをダウンロードし、そこから世界中のありとあらゆるスポーツに賭けることができます。
2024年のスーパーボウルでは、大手ブックメーカーであるBetMGM のTVコマーシャルにトム・ブレイディが登場しました。ブレイディと言えば、史上最高のアメフト選手の呼び名も高い、米国で最も有名な人物のひとりです。同じく大手ブックメーカーであるFanDuelのTVコマーシャルは、ブレイディの元チームメイトで人気者のロブ・グロンコウスキーを起用しました。
スーパーボウルはスポーツの枠を越えて、もはや米国の国民的行事のようなイベントです。TVコマーシャルの放映料金も極めて高額であることは言うまでもありません。米国内でオンラインでのスポーツ賭博がいかに急成長を遂げているかが分かります。
私もDraftKingsというブックメーカーのアカウントを持っています。お前はスポーツ賭博が合法化されていないカリフォルニア州在住だろう、違法行為を働いているのか、と誤解しないでください。スポーツ賭博のアプリをダウンロードすることは州法に抵触しないのです。
そして、このアプリでは通常のスポーツ賭博の他にファンタジー・スポーツというゲームをプレイすることもできます。実在の選手を選んで架空のチームを作り、それら選手たちの現実の成績をデータ化し、勝敗や順位を競うというものです。
ファンタジー・スポーツにも賞金がかかります。ですから、スポーツでおカネを賭けることには変わりはないと思うのですが、スポーツ賭博はダメでも、ファンタジー・スポーツはOKという州は多く、カリフォルニア州もそのひとつです。おかしいですよね。でもそれが現実です。
私がカリフォルニア州の自宅からこのアプリで現実のスポーツ賭博、たとえばロサンゼルス・ドジャース対シカゴ・カブスの試合におカネを賭けようとすると、「あなたの地域では賭けをすることができません」というメッセージが表示されて、それ以上先に進むことはできません。
しかし、おとなりのネバダ州に行けば、州境を越えた途端に賭けが成立します。ユーザーの居住地や国籍などは一切関係なく、賭けをするときの所在地だけが問題なのです。正確には、アプリが入っている電子機器がインターネット接続しているIPアドレスによって、合法かどうかが決まるというわけです。
さらに東へと進み、ネバダ州を抜けてユタ州に入ると、またスポーツ賭博は違法になります。はっきり言って、メチャクチャです。法の一貫性といったものがありません。
DraftKingsでは米国のメジャースポーツだけではなく、日本プロ野球もサッカーJリーグも全試合がカバーされています。5月6日に東京ドームで開催される日本ボクシングの至宝、井上尚弥対ルイス・ネリの1戦にだって、ちゃんと井上が絶対有利のオッズがついているのです。他のブックメーカーでも似たような事情だと思います。
ですから、日本からの訪問客でも、スポーツ賭博が合法化されている州に行けば、贔屓のチームや選手におカネを賭けることができます。カリフォルニア州やハワイ州はダメですが、ニューヨーク州やワシントン州はOKです。
私自身はスポーツ賭博をすることに興味がありませんが、それを他人がすることが悪いとは思いません。おカネがかかると、きっとそのスポーツのルールや戦術に詳しくなれるはず。新たな楽しみが広がるでしょう。
もちろん賭博には依存症や生活破綻の危険性は厳然として存在します。くれぐれも、あまり熱くなりませんように。
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