「タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!ファイボー!ワイパー!」
推しへ向けて全力でMIX(曲の前奏や間奏で叫ぶ特定の掛け声)を叫ぶ人間が「元・引きこもり」とは、誰も気づくまい。心から尊いと思える「推し」に出会うと、人は大きく変わるのだ。
私は、子どものころから人と接することが苦手だった。
絵を描くことが好きで、なによりもひとりの時間が大切。学生時代特有の女の子グループにも馴染めずに、クラスの女子たちのいざこざを遠くから眺めていた。
「友だちってなんでこんなにめんどくさいんだろう」
育つ環境で人の心は腐るというが、まさに自分はその典型。
周りになじめない自分も、グループでしか動けないクラスメイトも、すべてがいやになって学校に行くのをやめてしまった。
いわゆる「引きこもり」というやつだ。数年間ひとりの時間を謳歌した挙句、自分の考え方はさらに固執し、当然のように偏った思考の人間ができあがっていた。
18歳になると漫画にアニメに服に音楽と、趣味に生きるためにバイト三昧の日々。
生きる術を身に付けるべく貯金を使って20歳から服飾専門学校に入学したが、そのころになっても人付き合いの悪さは相変わらずだった。
このアイドル、普通じゃない
服飾学生らしく課題に追われる日々。幸い中高生のようなグループ学習や団体行動もなく、自分のペースでやるべきことをこなす生活は性に合っていた。
ある日、ファッションビジネス概論のレポートを進めるべく、日本のブランド動向をチェックしていると、ひとつのファッションショーの映像が目に止まった。
そこに映っていたのは、フィギュアのような立体的なウィッグを被り、膝下よりも長いメタリックの”筒”を履いた女の子たち。その筒を履いてひとりで歩くのは困難なようで、ぽてぽてと歩く女の子一人ひとりに介添人が付いていた。
3次元でもなく2次元でもなく、コスプレでもない。とにかくそこはかとない違和感に飲み込まれているうちに、彼女たちのライブが始まった。
奇抜なファッションにぴったりな前衛的な曲調の「電波ソング(注1)」が会場を盛り上げていく。それに応えるように、前列のオタクがオタ芸とコールを発動し、独特の世界を作り出す。
「なんかすごいものを見たな…」
2次元が至高と思っていた私が、はじめて3次元に興味を持った瞬間だった。
アイドルは少しダサいくらいが親しみやすくてちょうどいいと思っていたが、こんなにもファッショナブルで尖った子たちがいたなんて。