電車で女子高生が膝を出しながら、英単語帳をパラパラ見ている。
私はそんな“冬の風物詩”のひとつを見るたびに、いつも思い出すことがある。
高校生、冬のあの教室、あの瞬間
もう10年ほど前のこと。当時高校3年生だった私には、好きな人がいた。本名はちょっと恥ずかしいので、ここでは山内くんと呼ぼう。
山内くんとは高校1年生のときに同じクラスになって、好きになった。
後にも先にも、あんなに見事な一目惚れはない。サッカー部だった山内くんは、どうやら中学のときから注目されていたようで、1年生ながらにしてエースだという話を耳にした。それでも私は、まだ「そんなマンガの主人公みたいな人もいるんだな」ぐらいにしか認識していなかった。
それなのに、だ。たまたま部活の休憩か何かで部室棟を歩いていた山内くんが、私とすれ違いざま、爽やかに「よっ」と言って去っていった。ズドン。私はその瞬間、恋に落ちたのだ。
高校1年生の私は、まさかそのまま3年間もずっと山内くんのことを好きだなんて思いもしなかっただろう。
私が通っていた高校は進学校だったこともあり、2年生への進級時点で文系か理系か選択する。根っからの文系の私とは違い、山内くんは医学部をめざしていたので理系を選択。
文理はそれぞれ校舎が違うので、2年生になってからは授業などでは顔を合わせることもなかった。
だけど不思議なことに、ほかの理系の人たちとはほとんど交流がないのにも関わらず、山内くんのことだけは、日に何度も見かけてしまう。
会うたびに「よっ」と片手を挙げてくれる彼。瞬間的に目をそらしたくなるほど、頬が紅潮する。
1年生の間に私は、3回山内くんに告白していた。夏、秋、冬。もはや山内くんにとっては、季節の風物詩だっただろう。もちろん答えは、全部「ノー」。
「気持ちは嬉しいけど」なんて言葉は、なんの慰めにもならないことを、私は高校生ながらに知ってしまった。
それなのに、何度思いを伝えても山内くんからの答えは同じなのに、諦めようとしているのに、「よっ」の一言で私の気持ちはスタート地点に戻されるのだ。
いま思えば山内くんも、なかなか酷い男なのかもしれない。自分のことを好きだってわかってるのに、そんな“思わせぶり”な態度をするなんて。
結局、私たちの関係は進展しないまま、高校3年生の冬を迎えた。