冬の教室、ガスストーブの前で。女子高生だった私の3年間の恋が終わった
生徒がマフラーをし出すころには、学校全体が受験モードになる。3年生はみな部活を引退し、放課後は誰かしらが職員室にある教室の鍵を借りて自習室にし、教科書に向かう日々。
最後の学期末試験を終えた12月のある日、いつものように4〜5人くらいがぽつりぽつりと教室に残って勉強をしてた。
ガスストーブの音以外は、教科書のページをめくる音と、シャーペンを走らせる音ばかりが教室に満ちる。
遠くから微かに聞こえるのは、受験なんてずっとずっと先のことだと思って部活に打ち込んでいる後輩たちが校舎のまわりを走る掛け声。そして、廊下で吹奏楽部が練習する音がぼんやり響く。
それらの音をかき消すように必死に勉強をしているうちに、気が付けばあたりは真っ暗になっていた。時折チカチカまたたく蛍光灯の明かりが、真っ白に光って机や椅子の輪郭を作る。
いつのまにか教室には私ひとりで、時計を見るともう18時を過ぎていた。
18時半には、先生に教室の鍵を返しに行かないと――。
続きは塾でやろうと決め、慌てて教科書を閉じて帰りの支度をはじめていると、建て付けの悪い教室の後ろ扉がガラガラと開く音がした。
「よっ」
振り向くまでもなく、その声で誰が来たのかわかる。山内くんだ。
第一ボタンを外して軽く学ランを着こなす山内くんは、やっぱり誰よりもかっこよくて、胸がぎゅっと締め付けられる。
「進路指導室に用事あって、帰りに教室の前通ったら、おったから」
そう言いながら、山内くんは微かな冷気と共に教室に入ってきた。
「もう帰るん?」
駅までの15分、あわよくば一緒に帰りたい。あぁでも部活の終了時間とかぶってるから誰かに見られちゃうかもしれない。いや裏門から出たら遠回りになるけどあんまり人いないし…。そんな考えが一瞬で頭を駆けめぐり、思わず訪ねてしまう。
「そー。もうすぐ彼女の部活終わるから、待っててあげようと思って」
「あ、そっかー」
淡い期待は、バラバラと崩れ落ちる。数秒前まで妄想していた自分が急に恥ずかしく感じて、なんとなく居心地が悪い。
「あ、ストーブついてるやん。進路指導室めっちゃ寒かってん」
かじかんだ手を揉みほぐしながら、山内くんは教室の前にあるガスストーブに向かってゆく。私の横を通り過ぎると、香水でもない、柔軟剤でもない“山内くんの匂い”が鼻先をかすめる。
そして山内くんはカバンの上に置いていた私のマフラーをさっととって、ストーブの前に屈みこんだ。