アメリカ・カリフォルニア州中部。デス・バレー国立公園内の最も人気のある観光スポットのひとつである「Badwater Basin(バッドウォーター)」は海抜マイナス86m。北米大陸で最も低い地点であることで知られています。
今年の秋にこの地を訪れた人は非常にめずらしい光景を見ることができました。周囲数kmにも及ぶ、青い空を映す湖です。
バッドウォーターはかつて塩湖でした。しかし極度に乾燥した暑い気候のせいで水は干上がり、普段はカラカラに乾いた白い大地(塩原と呼ばれます)が広がっています。
ところが今年の8月に北米西海岸地方を襲ったハリケーン・ヒラリーがもたらした水が未だに引かず、広く浅い湖が出現したのです。
現在湖水は徐々に蒸発しつつあり、このままでは11月末にはすべてなくなり、元の塩原に戻るだろうと見られています。
記録的な高温と史上稀なハリケーンに襲われた2023年夏
デス・バレーは今から110年前、1913年7月10日に摂氏56.7度を記録しました。これが現在でも世界観測史上最高の気温だとされています。
いわば地球上で最も暑い土地です。そのため、夏にこの国立公園を訪れる人は非常に少なく、冬が観光シーズンのピークになります。
しかし、2023年の7月は例年の夏よりはるかに多くの人がデス・バレーに押し寄せました。その理由が日本も襲った世界的な猛暑です。
観光センター前に設置された気温計の数字もぐんぐん上がり、前世紀に記録された最高温度をあるいは上回るのではないかと思わせる勢いを示しました。
ただでさえ暑いデス・バレーが余計に暑くなったのですから、訪れる人もさらに少なくなるはずだったのですが、大変困ったことに(と私は思うのですが)、その歴史的な暑さを体験してみようとか、気温計の前で記念撮影をしようなどと考えた人がたくさんいたのです。
結局、公式には史上最高気温の記録更新はなりませんでした。
しかし、そのわずか1カ月後に、今度は熱帯ハリケーンがやってきました。前述したハリケーン・ヒラリーです。
カリフォルニア州にハリケーンが上陸したのは観測史上4度目、1997年に発生した「ノラ」以来のことでした。歴史的な猛暑の後に歴史的な嵐に見舞われたというわけです。
ハリケーン・ヒラリーは8月20日から21日にかけてメキシコからカリフォルニアを北上し、各地で洪水や地すべりなどの甚大な被害をもたらしました。デス・バレーではあちこちで鉄砲水や濁流が発生し、ほとんどの道路が寸断されました。
復旧作業は困難を極め、デス・バレー国立公園は約2カ月間にも渡って閉鎖されていました。一部再開されたのが10月15日。私が訪れたのは11月6日です。その時点でも多くの道路が通行止めになっていました。
バッドウォーターもアクセスは北側からに限られ、南側から入ることはできませんでした。
エルニーニョ現象が予想される2024年はチャンスかも
公園レンジャー※の話によると、バッドウォーターにこれだけの湖水が戻ってきたのは2005年以来18年振りだろうということです(※自然保護官)。
その年はエルニーニョ現象※の影響で、年間平均降水量が約60mmのデス・バレーも雨量が例年より多かったのです(※太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象)。
エルニーニョ現象は地球規模でさまざまな異常気象をもたらすことがありますが、北米西海岸地方に話を限ると平均を上回る降水量が発生しやすくなるのです。
長期天気予報では今年の冬もエルニーニョ現象が起こることがほぼ確実視されています。まもなく姿を消すと思われている湖も、さほど遠くない時期にふたたび出現するかもしれません。
湖が出現してもしなくても、デス・バレーは一度訪れる価値のあるところです。
その風土が穏やかで雨が多い日本のそれとは対極にあるように思えるからです。塩原だけではなく、大砂丘や奇妙な形の岩々が織りなすその風景はまさに別世界です。
旅の醍醐味が未知なるものとの遭遇と非日常性にあるとしたら、日本人にとってデス・バレーほどそれを感じさせてくれる土地はさほど多くはないかもしれません。
デス・バレーはロサンゼルスから約5時間、ラスベガスからは約2時間と、さほど大都市から離れていません。それにもかかわらず、国立公園へは一面の大砂漠を突っ切る道路をひたすら行くことになります。このドライブだけでも日本ではなかなか体験できない種類のものです。
前述のように、本来であれば、デス・バレーを訪問するに最も適した時期は「冬」です。それでも日中の最高気温が摂氏30度を超えることもありますが、夏のように生命の危機を感じるほどにはなりません。
もし今年の冬に北米西海岸方面を訪れる予定があれば、ぜひデス・バレーに立ち寄ってみることをおすすめします。
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