怪談・妖怪・乙姫伝説、人気漫画家が案内する和歌山ミステリーツアー

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2024/08/30

お化けや妖怪の伝説が数多く残る和歌山

秋近し……といえども、まだまだ厳しい暑さが続きます。こんな季節は、和歌山を旅してみてはいかがでしょう。和歌山は県の8割以上が山地という、奥深い自然に包まれた地域です。世界遺産である高野山や熊野三山など神秘的なエリアがたくさんあります。そして、お化けや妖怪など奇々怪々な言い伝えが数えきれないほど残っているのです。ミステリースポットをめぐってみたり、地元の方に怪談を聴かせていただいたりすれば、背筋が凍って暑さが吹き飛んでしまうこと、請け合いですよ。

今回、和歌山のコワカワイイ妖怪たちを楽しいイラストにして発表し続けている漫画家のマエオカテツヤさん(56)に、「和歌山にはいったいどんな妖怪がひそんでいるの?」「おすすめのワンダー観光スポットは?」などについて、お話をうかがいました。

連載330回超! 妖怪を描き続ける人気漫画家

和歌山市駅まで迎えにきてくださったマエオカテツヤさんは、地元の新聞『ニュース和歌山』『ニュース和歌山PLUS』『ニュース和歌山 小学生新聞』の3紙に和歌山県内の妖怪を絵と文章で紹介する「妖怪大図鑑」を連載しています。2016年から連載がスタートし、現在「330回を超えている」というから驚きです。和歌山、どんだけ妖怪がいるんだ!

和歌山在住の人気漫画家・マエオカテツヤさん。『ちゃぶ台おかわり』(テレビ和歌山)、『マエオカテツヤの全開!木曜日』(wbs和歌山放送)など地元タレントとしても大活躍。image by:吉村智樹
老いて霊力を身につけた猫は尻尾が二つに分かれ、猫又という妖怪になる。殺されて埋められた猫は死体から毒かぼちゃを実らせ、殺めた者に喰わせて恨みを晴らしたという。「妖怪大図鑑」より。image byマエオカテツヤ

この連載は『マエオカテツヤの和歌山妖怪大図鑑』(ニュース和歌山)という単行本にもなっています。あまりにもコワおもしろくて私、付箋を貼りまくってしまいました。

『マエオカテツヤの和歌山妖怪大図鑑』」(ニュース和歌山)。image by吉村智樹

水木しげるの影響で妖怪に目覚める

マエオカさんが妖怪に関心をいだいたのは小学生の頃。クラスメイトから借りた水木しげる氏の『妖怪なんでも入門』がきっかけでした。

マエオカテツヤ(以下、マエオカ)「水木しげるさんが描く妖怪は、おぞましさ、おどろおどろしさはあるものの、個性的で、なんとも言えないかわいらしさがあります。それで妖怪にハマってしまい、妖怪と名のつくありとあらゆる本を読み始めたんです」

小学生時代からすっかり妖怪博士となったマエオカさん。漫画家としてデビューしたあともさらにのめりこみ、妖怪に関する膨大な数の資料を集めていたのです。そんなおり、ニュース和歌山から「和歌山ゆかりの妖怪をイラストで紹介する連載をしてほしい」とのオーダーが。

マエオカ「お話をいただいた当初は、『和歌山の妖怪だけで果たして連載を続けられるんやろか……』と不安でした。ところが資料を調べなおすと、いるはいるは、和歌山は妖怪だらけなんです。しかも水木しげるさんもまだ描いていない和歌山オリジナル妖怪もたくさんいましてね。連載は8年続いていますが、ぜんぜんネタが尽きないんですよ


「コサメ小女郎」は龍神村の淵に棲むコサメ(アマゴ)が妖怪化したもの。人間を水中に誘い、食べてしまう。『妖怪大図鑑』より。image byマエオカテツヤ

漫画家だけではなくテレビタレントとしても活躍しているマエオカさん。「街ロケに出るたびに地元の人たちから新たな妖怪情報を聞かされる」というのですから、和歌山は妖怪在住数のレベルが違います。

では、これまでマエオカさんが描き続けてきた愛すべき和歌山妖怪のなかから何人か(人?)を、ご紹介いただきましょう。


なんと和歌山の河童は秋になると山へ帰る

先ずは、山の妖怪「カシャンボ」

いたずら好きな「カシャンボ」。image byマエオカテツヤ

マエオカ「カシャンボは現在の田辺・新宮・熊野あたりに出没した、和歌山を代表する妖怪の一つです。夏は川で暮らす河童が、秋になると山へ入ってカシャンボになるといわれています。東牟婁郡高田村(ひがしむろぐんたかだむら/現・新宮市)では毎年、新宮川を遡ってきた河童が家に小石を投げ込んで、山へ入る日を知らせたのだそうです。戸口に灰をまいておくと、水鳥のような足跡を残すらしい。やることと言えば、牛につばをかけたり、つないでおいた馬を隠したり。いたずらっ子で、憎めないヤツです

秋になると住処を山へ移すなんて、そんなデュアルライフな河童がいるとは知りませんでした。しかもわざわざ小石を投げて知らせてくるなんて、けっこう、かまってちゃんですね。

人間の顔をした大蛇が川から顔を出すと要注意

続いては、川の妖怪「底主人」(そこうず)。

顔は人、身体は蛇の「底主人」(そこうず)。image byマエオカテツヤ

マエオカ「底主人は龍神地方に伝わる川の主で、人の顔をした大蛇です。底主人が顔を出すと川の水が白や赤色に濁り、魚が一匹もとれなくなるんですよ。これは災害の恐ろしさを、妖怪というかたちで語り継いできたのでしょうね。龍神は林業で栄えた山里です。とはいえ、むやみに樹木を伐ると、山の保水力が弱まって山肌が崩れてしまう。そうして山の表面が崩れ落ち、泥や赤土が川に流れ込んで、村に壊滅的な被害を与えました。泥に飲まれて死んでしまった人もいたそうです。だから自然を大切にしろよ、でないと底主人が出るぞって、戒めたのでしょうね」

マエオカさん曰く、“○○の主”が現れる伝説の多くは、自然破壊や災害を防ぐための忠告なのだそうです。

吸血鬼ならぬ、肉を吸う吸肉鬼

お次は、山の妖怪「肉吸い」。大阪の名物料理と同名なので、名前だけ聞くと「おいしそう」なのですが。

美しい女性に化けた妖怪「肉吸い」。image byマエオカテツヤ

マエオカ「肉吸いは果無(はてなし)山脈に伝わる妖怪です。夜遅く、提灯をともして山道を歩いていると、『ほー、ほー』と奇妙な声をあげて18、19歳の美しい女性が近づいてくる。そして女性は『火を貸してくれませんか』と提灯を取りあげ、暗闇の中で相手に食らいついて肉を吸い取ってしまう。この女性は、妖怪“肉吸い”が化けた姿だったんです。これもまた、若い女性におかしな下心をもって近づくなという警告なんでしょうね」

こわいですね~。血を吸うのならまだしも、なにも肉を吸わなくたっていいのに。チュールじゃないんだから。私のお腹の贅肉だけならぜんぶ吸いとっていただいてかまわないのですけれども。

天井を這うヌメヌメした妖怪の正体とは

続いては、家の妖怪「もるど」。見た目の気色悪さでは群を抜いていますね。

天井を這う不気味な液体妖怪「もるど」。image byマエオカテツヤ

マエオカ「もるどは富貴村(現在の高野町)に伝わる液体状の妖怪です。激しい雨が降る晩、とある家の天井が急に激しく揺れはじめ、タコのような妖怪が現れた。天井をニョロニョロと這いまわり、一つの目は天を、もう一つの目は地を睨み、手足の先から水を吐き出したといいます。家人はガタガタ震えていましたが、しばらくして雨がやむと、もるどは音もなく消え去ったのだそうです。家人はよほど恐ろしかったのでしょう。『世の中で、虎、狼よりも、もるど恐ろし』という言葉を残しています。実はもるどは〝漏奴〟と書くんです。当時はかやぶき屋根でしたから、昔の人は皆、雨漏りを恐れた。自然の脅威を妖怪として伝えたんじゃないかと思います」

高野町は実際、過去に嵐による水害に遭っているのだそうです。天井を濡らす強い雨が虎や狼よりも恐ろしいという気持ちもよくわかります。


竜宮城から乙姫様がやってくる寺があった

では、幻想的な伝説があって、なおかつ読者が実際に足を運べるところはありませんか。

マエオカ「それならば、紀三井寺(きみいでら)がおすすめです。実はここには興味深い物語があるんですよ。行ってみましょう」

マエオカさんが案内してくださった紀三井寺は、JR西日本・紀勢本線(きのくに線)「紀三井寺」駅から徒歩10分の場所にあります。名草山(なぐさやま)の中腹にあって、歩くのが大変そうですね……。

山の中腹にある紀三井寺。そこには興味深い物語があるという。image by 吉村智樹

マエオカ「安心してください。2022年に紀三井寺ケーブル山麓駅ができて、らくらく参拝できるんです」

2022年に開通したケーブルカー。本堂のたもとまで移動できる。image by吉村智樹

ケーブルカーは片道一般600円(参拝料込み)。小・中学生と70歳以上300円(参拝料込み)。車いすの人と介助者は無料です。運行時間8: 30~16:30となっています。いやあ、これは快適! ケーブルカーは約87メートルの急こう配を昇り降りします。車窓からの眺望も素晴らしく、すでに夢見心地です。

全面ガラス張りのケーブルカー。和歌山の街を一望できる。image by吉村智樹

山中に三つの名水の井戸をもつところから紀三井寺と名づけられたこちらは、西国第2番の札所でもあり、巡礼するお遍路さんの姿も見受けられます。早咲きの桜の名所としても親しまれ、近畿に春を呼ぶ寺とも呼ばれているのです。

参道には 33 本のろうそく灯籠が設置され、夜には電灯がともる。image by吉村智樹
金色のお地蔵様に驚かされる。どうしても叶えたい願い事を1枚の金箔に託し、貼って祈念するご尊像なのだ。image by吉村智樹
寄木造りの立像としては日本一の高さを誇るという全長12メートルの木造千手観音立像が安置されている。image by吉村智樹

そして、マエオカさんが紀三井寺を推す最大の理由は?

マエオカ「ここはね、“龍宮乙姫伝説”が残っているんですよ」

龍宮乙姫伝説? なんだかロマンチックですね。

マエオカ「紀三井寺では毎年夏に“千日詣”が行われます。1日のお詣りで千日ぶんの功徳があるとされる特別な日です。そして夏といえば、紀三井寺を開いた為光上人(いこうしょうにん)を讃えるために、龍宮城の乙姫が龍とともに海からやってきて、心が清らかな者にしか見えないという龍灯(海中でも消えない灯り)を献上する季節でもあるんです」

為光上人が紀三井寺をひらいたことに感激した乙姫が「8月9日に龍灯を献上します」と伝え、龍に乗って海へ戻ったという。image byマエオカテツヤ

昔話界の大スターでもある龍宮城の乙姫の伝説は各地にありますが、自ら地上に現れるケースは珍しい。紀三井寺では2017年からこの故事を再現する「龍宮乙姫龍灯献上行脚」が始まりました。地元の学生さんや働く女性たちがオーディションによって乙姫や女官に選ばれ、光と音の演出による荘厳な雰囲気のなか龍灯をささげ、人々の幸せを願います。

毎年8月9日、「龍宮乙姫龍灯献上行脚」が行われる。龍灯を携えた乙姫が大きな龍や女官を従え、仏殿から本堂へと石段を登り、民の幸福を願う。龍灯、見えますか? Photo by 河相裕之

来年の夏はぜひとも千日詣に参加し、龍の舞や乙姫たちの麗しい姿を拝見したいものです。心がきれいな人にしか見えない灯りが、自分には見えなかったどうしようと不安ではありますが。

和歌山の豊かな自然に包まれ妖怪に想いを馳せる

和歌山のコワカワイイ妖怪たちについて教えていただき、ファンタジックな乙姫の伝承がある場所を案内してくださった漫画家のマエオカテツヤさん。和歌山の妖怪に魅了される理由は、なんなのでしょう。

マエオカ「和歌山で暮らしているとね、『あ、おるな』と感じる瞬間があるんです。特に熊野のような自然がほぼそのままの姿で残っている場所へ行くと、人間以外の息吹きを感じる場合が少なくない。妖怪たちは悪さをするという伝説があるけれども、街を見守ってくれているような温かみも感じるんです。そんなとき、『妖怪ってええな』と思いますね。豊かな自然に包まれ、俗世間から超越した世界へ想いを馳せながら旅をするのも、ええんとちゃうかな」

紀三井寺の境内からは和歌の浦が見渡せる。「妖怪たちの息吹きを感じながら和歌山を旅してほしい」と語る。image by吉村智樹

人間関係に疲れてしまったら、和歌山を訪れ、妖怪たちに癒してもらうのもいいかもしれません。あなたも日常を離れ、奇異(紀伊)の國を旅してみてはいかがでしょう。

 

マエオカテツヤ profile
1967年 和歌山市生まれ。漫画家/タレント。1989年 芳文社新人ギャグ漫画展に入選。上京し『月刊マンガタイム』にて「フクザツ・the・乙女心」で漫画家デビュー。1998年に和歌山へUターン後、二代目・桂枝曾丸と出会い、「和歌山弁落語」の制作と上演を開始。2006年よりテレビ和歌山の情報番組にて「瓦版屋のてっちゃん」として活躍。同年7月に出版した和歌山弁の解説書『持ち歩きペラペラ和歌山弁』がベストセラーになる。タレントとして現在『ちゃぶ台おかわり』(テレビ和歌山)、『マエオカテツヤの全開!木曜日』(wbs和歌山放送)などでも活躍。
 

妖怪大図鑑

https://www.nwn.jp/feature-category/yokai/

漫画家のてっちゃん Instagram

https://www.instagram.com/maeoka_tetsuya/

  • image by:吉村智樹
  • ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。
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京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版VOW三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)『京都浪漫』(KB京都/BS11)『おとなの秘密基地』(テレビ愛知)に参加。まぐまぐにて「まぬけもの中毒」というメールマガジンをほぼ日刊で発行している(購読無料)。

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