サンフランシスコのレトロな街に隠された「ジャック・ケルアック」の記憶
アメリカのサンフランシスコは、独特なイメージをまとった都市です。日本の横浜や神戸もそうですが、単に港町というだけではない魅力を持っています。
その地名を耳にしただけで、そこにある特有の文化や雰囲気をありありと思い浮かべることができます。
さまざまな人種や民族がモザイクのように街を作り上げていることもサンフランシスコの魅力のひとつ。
市内には北米最大規模のチャイナタウンがあり、そのすくそばにはリトル・イタリーとも呼ばれるノース・ビーチがあります。名物の急坂さえ苦にしなければ、どちらも歩いて回れるくらいの距離でしかありません。
そしてこのふたつの町をちょうど分けたような境目の場所に「Jack Kerouac Alley(ジャック・ケルアック通り)」と名付けられた小道があります。
車が入れないほどの幅で、長さも数10m程度しかないこの道。両側の建物はカラフルなポップアートで彩られています。
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60年代にタイムトリップしたような街角
ジャック・ケルアックは1960年代のカウンターカルチャーに大きな影響を与えたビートニク(ビート・ジェネレーション)を代表する作家のひとりです。
友人らとともにアメリカ大陸を自由に放浪した体験を描いた自伝的小説『路上』(On the Road)は、ビートニクのバイブルとも呼ばれています。1957年に刊行され、60年代のヒッピー文化に大きな影響を与えました。
かのフランシス・フォード・コッポラは1979年に『路上』を映画化する権利を手に入れましたが、何回も脚本家を変え、出演者を変え、いくつもの計画が浮かんでは消えました。
最終的にウォルター・サレス監督による映画化がようやく実現したのは2012年のことです(コッポラは製作総指揮)。
コッポラは1939年生まれ。小説『路上』が刊行された1957年当時は18歳だったわけで、この作品には並々ならぬ思いがあったのではないでしょうか。
『路上』の主人公らはニューヨークからアメリカ大陸を西へ西へと旅します。そこで彼らが目指した土地のひとつがサンフランシスコでした。
とは言っても、この土地についての記述がそれほど多くわけではありません。むしろニューヨークやデンバー、あるいはメキシコなどが主な舞台だといえるでしょう。
ただ主人公らが「サンフランシスコに行こう」と口にする場面やサンフランシスコで暮らした日々の回想は何回も出てきます。そこには単なる目的地ではない、この土地への何か特別な憧れのようなものを感じさせます。
小説と同じように、何回も短期的な滞在を繰り返したことを除けば、実際にはケルアックがサンフランシスコに長く住んだことはありません。
それでも彼の名前を冠した通りの周辺には数多くのビートニク関連書籍を発行した伝説的な書店や博物館などが点在しています。
さらに街角の壁や窓にはケルアックを始め、アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズなど、ビートニクを代表する人物たちの写真が多く飾られています。
彼らがお酒を飲んで大騒ぎをしたという伝説をもつバーやカフェも軒を並べているのも特徴のひとつです。
ケルアックが残した影響の大きさ
『路上』は誰もが認める現代英米文学史に残る名作ですが、現在でもよく読まれているとは言い難い本です。本屋の目立つ場所に並んでいるわけではありませんし、学校で推薦される種類の本でもありません。
現在の地点から読み返してみると、なぜこの小説が当時それほどまでに反響を呼んだかが、正直にいってピンときません。
自由奔放で無軌道とも見える主人公らの姿は当時の若者たちにとっては刺激的だったのかもしれませんが、残念ながら半世紀以上を過ぎた現代、私たちは今さらセックスやドラッグに驚くほどにはナイーブではないようです。
あくまで個人的な感想だとお断りしておきますが、この小説の価値は文学史の分野にではなく、むしろ後世に与えた社会的あるいは文化的な影響の大きさにあるような気がします。
ケルアックは1969年に47歳の若さで急死しました。他の多くのアメリカ文学者と同じように、重度のアルコール依存症が原因と見られています。
その死はいかにも60年代の終焉を象徴するかのようですが、『路上』が巻き起こしたカウンターカルチャーの思想はケルアックの死後も、ボブ・ディランやドアーズら数多くのミュージシャンやアーチストたちに影響を与え続けました。
そして彼らの音楽を通じて、『路上』の衝撃はリアルタイムで感じたことがない世代へも波及していきました。
その影響はもちろん日本にも及んでいます。たとえ『路上』を読んだことがなくても、あるいはジャック・ケルアックという作家の名前を知らなくても、ビートニク世代の表現者たちが追及した自由、個人主義、反権威、そして創造性は現在に通じる価値観だからです。
バックパッカーたちのバイブルともいえる沢木耕太郎著『深夜特急』には、主人公が旅で知り合ったヒッピーが「ビーイング・オン・ザ・ロード」と呟くシーンが印象的に描かれています。
幅広い世代に人気があるロック・アーチストの浜田省吾氏が自らのコンサート・ツアーを「On the Road」と呼び、同名の曲を演奏し続けている背景には、この小説の影響が多分にあるように思えます。
自覚的であっても、無自覚的であっても、「路上」という言葉そのものが今も強い磁力を発している。そんな気がしてなりません。
有名な観光スポットも多く、日本からの直行便も多いサンフランシスコ。もしこの地を訪れる機会があれば、ビートニクの雰囲気を感じられるこの街角にも足を伸ばしてみてはいかかでしょうか。
- image by:角谷剛
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