映画館で街を元気に。映画好きの市民が創り上げた「深谷シネマ」
リタイア世代が好きなことに力を注いだら、結果として、コミュニティビジネス(CB)になったという例は、前回紹介した「介護タクシー」のほかにもあります。今回紹介するのは、一人の映画好きな男性が抱いていた“街の映画館”を作るという夢。それに、多くの映画好き市民が賛同し、結果として、自治体や行政、商工会議所も巻き込んだまちおこしになりました。好きなことをCBに。その奮闘ぶりを紹介します。
映画館をまちの文化として定着させたい
深谷ねぎの産地であり、近代日本経済の礎を築いた渋沢栄一の生誕地でもある埼玉県深谷市。駅から10分ほどの旧中山道沿いに、酒蔵の映画館 「深谷シネマ」があります。ここは元「七ツ梅酒造」という300年も続いた酒蔵が廃業した跡。ここを借りて、深谷シネマを運営しているのは、竹石研二さん(68歳)です。
竹石さんは根っからの映画好き。27歳で今村正平監督の映画学校に入り、卒業後は日活に入社という経歴の持ち主。しかし、日活の経営危機により退社した後は、奥さんの実家がある深谷市の生協に転職したそうです。
とはいえ、映画への情熱は冷めることがありませんでした。仕事をしながら自主的に映画鑑賞会を設立し、上映会を継続。それをやりながら考えていたことは「やっぱり常設の映画館が街にほしい」ということでした。
50歳になったとき、やはり自分の夢は映画館を作ることだと自覚すると、思い切って会社を辞めてしまいました。周囲の心配をよそに、竹石さんは行動を開始します。
まず、隣の熊谷市役所にある記者クラブに行き、「50歳の夢」というプランを片手に、記者さんたちに思いを語りました。すると、面白がった記者が記事にしてくれ、その新聞を見た賛同者が15人ほど集まったといいます。
こうして、2000年4月、深谷市で第一号のNPO 「市民シアター・エフ」が設立されました。NPOにしたのは良質の見たい映画、見せたい映画を上映するのだから、利益追求型ではなく、採算が取れさえすればいいと考えたからだそうです。
市民から基金を募ろう!
幸いにも、初の深谷市NPOということで商工会議所が関心を持ってくれ、当時の国民生活金融公庫から500万円を借りることができました。すると、商店街の店主が場所を貸してもいいよと声を掛けてくれ、最初の映画館は洋品店の2階に決まりました。この映画館では、お年寄りを中心に1000人以上の観客が集まったこともあり、大盛況でした。
しかし、ここは1年弱で撤退を余儀なくされます。老朽化が進み、消防法がクリアできなかったのです。借入金もあるし、どうしたものかと思案していると、ちょうど中心市街地の活性化計画で街づくり組織が立ち上がることが決まりました。そこに参加させてもらうことで、空き店舗になっていた元銀行の建物を借りられることになったのです。
問題はまだあります。映画館を作るには映写機や椅子や音響などを自前で用意しなければなりません。そんなお金はない。考えた末、市民や企業から基金を募ろうと思いつきました。結果、1口1000円の基金に250万円もの応募があり、なんとかオープンにこぎつけることができました。
竹石さんは「嬉しくて、協力してくれた人たちの名前を刻んだ名札を映画館に掲示したんです」と言います。
ロケは市民エキストラも
2010年3月、深谷シネマは二度目の移転をします。今度は区画整理事業に引っかかったのです。移転先の「七ッ梅」は、300年あまり続いた蔵元。度々、映画のロケ地としても使われ、敷地は900坪もあります。その賃貸料すべてをNPOで賄うのは困難です。
そこで、市民が担い手の「深谷コミュニティ協同組合」という組織を作り、そこがオーナーから借り、「NPOは組合から映画館にする一部分だけを借りる」という方法を取ることにしました。
今では、通常の上映に加えて、監督が舞台上で挨拶をする上映会も増え、「ドキュメンタリー映画祭」を開催するまでになりました。数多くの映画にロケ地を提供するのはもちろん、フィルムコミッションと協力してエキストラを市民から募集するなど、意欲的に活動を行っています。
竹石さんには、映画で町おこしをしたいと考えている人たちを支援したいという思いもあります。多くのリタイア世代が地域社会に戻ってきた今、「まちに映画館くらいほしいよね」と思う人は多いはず。そこがコミュニケーションの場所になれば、と思うからです。
この例で重要なのは、一人の市民の情熱に、町の活性化と再生につながると理解した商工会議所、自治体・行政がサポートを惜しまなかったということです。こうした市民目線の活動の事業化は、今後の地方創生にとって重要なポイントになるのではないでしょうか。
「深谷シネマ」では2016年12月4日(日)~10日(土)まで「今村昌平特集」を上映
①9:30~『神々の深き欲望』 ②15:00~『復讐するは我にあり』 料金:1,100円(ただし6日は休館)
12月4日 13:00~14:30:映画評論家佐藤忠男氏の「映画史」講義あり(料金:1,000円)
- source:深谷シネマ
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