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おっちゃん、カッコええやん。「地元住民のポスター」が起こした観光業界の革命とは

吉村 智樹
吉村 智樹
2019/03/07

はじめは「一回こっきり」のつもりだった

こんなふうに当事者たちすら予想外に活況をていしたこの事例は、次に大阪商工会議所の人々の心を動かしたのです。

日下
「大阪商工会議所主催で『商店街フォーラム』という、すぐれた商店街の実例を集めるサミットが開かれたんです。言わば“商店街界のアカデミー賞”。そこで『15分ほど講演をしてくれ』と頼まれ、新世界市場でのポスター制作の話をしました。すると『大阪商工会議所がバックアップするから、大阪市内の別の商店街でもポスター展をやってみないか』という話になったんです」

その動きに戸惑いをおぼえたのは、ほかでもない、日下さんでした。

日下
「正直に言って、一回こっきりな、ゆるい企画で済ますつもりでいました。『商店街の人たちも喜んでくださって、セルフ祭も無事に続けられそうやし、若手も制作の勉強になってよかったなー』って言いつつも、『じゃぁ、そろそろみんな本業へ戻ろうか』と。そんな気持ちだったんです。それが、まさかもう一回やることになるとは

大阪商工会議所の補助を受けながら、ついに正式な仕事として新たなスタートを切ることとなった商店街のポスター作り。

これまでの観光の常識をくつがえした「おもろいポスター」は、単なるワン・ヒット・ワンダーだったのか。それとも観光消費を上向かせ、経済を変えうる新たな鉱脈だったのか。その試金石となるプロジェクトが幕を開けたのです。

日下
「まず大阪市内のあちこちの商店街を視察しました。そこで選んだのが大阪市阿倍野区にある『文の里商店街』。印象は、高齢化が進み、人通りもまばら。決して元気な商店街ではなかった。数ヶ月前に商店街の隣にスーパーマーケットが建ち、同区内に大きなショッピングモールができたばかりで危機感もありました。けれども、まだ壊滅的にはさびれてはいない。7割が営業を続けており、シャッター通り化を食い止められる可能性がある。『ポスターを作る意味は大きいな』と思いました

「なんでそんなことせなあかんの?」。地元との温度差に悩む

「文の里商店街のポスターを制作することに意味がある」。現地に立ち、奮い立った日下さん。

しかし…そう簡単にはいきませんでした。新世界市場の場合は、すでに祭を開催していたため商店街の人々とは顔なじみ。日下さんとの関係性ができあがっていました。


ところが、文の里商店街で働く人々にとって、ポスター制作は寝耳に水な話。しかも大阪商工会議所での盛り上がりと、現地の商店主たちとでは、大きな温度差があったのだとか。

日下
「商店街の会長さんはポスターを作る意図を理解してくれていたのです。けれども、お店の方々はピンときていませんでした。『なんでそんなことせなあかんの?』と。なので、若手たちそれぞれがひとりでMacbookを携えて一軒一軒、説明してまわりました。自分たちを信用してもらうところから始めたのです」

地元とコミュニケーションをとることから始まった文の里商店街でのポスター作り。新世界市場の頃から日下さんがこだわったのは「おもろい」こと。

そしてもうひとつ「クリエイターが自分自身でお店の方へ納品すること」。デザイナーとコピーライターがふたりでコンビを組み、店主と話し合いながら制作し、そして自らの手で完成品を店主へと手渡す。こう決めたていたのです。

日下
「クリエイターが店主さんに成果物を手渡す。そんな経験は、みんなこれまでなかったんです。相手が大企業やと、担当者には会えても社長さんと会えるわけやないし、実際の反応がわからない。広告を作るうえで、そんな寂しさがこれまでありました。それは、ひいてはクリエイターとしての自信のなさにつながっていく。僕自身もそうやった。だからクリエイターが自分自身で納品することにこだわったんです

SNSで拡散され、わざわざ海外からポスターを見に来る人も

そうして、いよいよポスターが完成。クリエイター自身が納品するというルールは、店主さんたちの感想がダイレクトに返ってくるだけに、渡す手が震えたと言います。

ゆるい笑いをもたらすポスターは、実はただならぬ緊張感のなかで作られていました。果たして日下さんの想いは、伝わったのでしょうか。

日下
「店主さんに直接手渡すと決めて、よかったです。できあがったポスターをお渡しすると、感激のあまり泣いてくださる方もいらっしゃって、僕らももらい泣きしました。いつもは内勤のデザイナーも『やりがいがありました。デザイナーになろうと決めた頃の初心を思いだしました』と言ってくれた。もやもやしていた若手クリエイターたちが、やりがいを見つけて元気になったし、広告の基本に立ち返られた。そんな気がしました」

クリエイターと街の人々が向き合って作られた「文の里(ふみのさと)商店街ポスター展(2013年8月28日~12月31日)は、こうしてひとまず成功。

そしてこれら文の里商店街のポスターは、前回の新世界をさらにうわまわる大きな反響をもたらすこととなるのです。

日下
今回は『SNS』でしたね。プロジェクト終了から5か月くらい経ってから一般の方がTwitterにポスターの画像をアップして、バズったんです。まとめサイトまでできて、わざわざ北海道から、海外からだと台湾からも見に来てくれました。まさか全国展開になるとは。『SNSの時代』をリアルに感じました

アーケード商店街はポスターギャラリーと化し、遠くは他府県や、なかには海外からも、大勢の観光客が集まった

「広告代理店が市民をおもちゃにしている」という批判

むろん、いいことばかりではありません。話題が全国へと拡散するにしたがい、次第に批判の声もあがりはじめたのです。

日下

「ネットに『広告代理店が市民をおもちゃにして遊んでいるだけ』『どうせ補助金が目当てだろう』と批判のコメントが目につくようになりました。とんでもない。印刷費の実費くらいしか予算はなかったんです。このニュアンスを伝えるのは難しいのですが、遊びの精神を大切にしながらも、我々は遊びでやっていたわけではない。商店街の人々の幸福を願って、クリエイターたちはみんな魂を込めて作りました」

「遊びの精神を大切にしながらも、遊びでやっていたわけではない」。これは日下さんたち広告マンだけではなく、商店街側もそうでした。ポスターが注目される状況を「好機だ」と敏感に感じ取った商店主は、この潮流に乗じ、自分たちのアイデアで売り上げアップにつなげたのです。

日下

「たとえば、あるお豆腐屋さんは、ポスタ―を見に来たお客さんが買い物をしやすいように、おいしい豆乳を一杯100円で販売しはじめました。その場で飲めるようにしたんです。遠方からお見えになる方は豆腐を買って帰るわけにはいきませんから。そういう発想の転換をはかれたお店は売り上げが伸びました。お客さんを引っ張ってくるのはポスターであっても、そこから売り上げを伸ばすのは、あとはお店の自助努力次第なんです

吉村 智樹

京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版VOW三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)『京都浪漫』(KB京都/BS11)『おとなの秘密基地』(テレビ愛知)に参加。まぐまぐにて「まぬけもの中毒」というメールマガジンをほぼ日刊で発行している(購読無料)。

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