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おっちゃん、カッコええやん。「地元住民のポスター」が起こした観光業界の革命とは

吉村 智樹
吉村 智樹
2019/03/07

近年、観光用の「ポスター」に大きな変化が見受けられます。これまで観光をうながすポスターといえば、有名タレントやモデルが風光明媚な景勝地にたたずんでいたり、高級旅館の囲炉裏端に大きなカニが横たわっていたりと、その街の名物を大々的にアピールするのが定番でした。

しかし昨今、表現が変わってきているのです。地元の店主たちが自ら登場し、決して気取らず、リアルな声を届けるポスターが増えてきています。

皺が深いおばあさんが「お客様は神様やって言うけど、うちの常連さんは、半分ぐらい仏様になってしもうたなあ」とつぶやくなど、笑いと哀愁が入り混じる“人に寄せた”表現が台頭。

そんな人情味がある「おもろいポスター」を鑑賞するためにその街へ訪れる行楽客数がアップしているのだとか。

この「ポスターで町おこし」を発起し、これまでの広告マン人生をかえりみた新刊『迷子のコピーライター』(イースト・プレス)の著者である株式会社電通の日下慶太(くさか けいた)さん(42)に、なぜ「地元の名物をあえてアピールしないポスター」のムーブメントが起きたのかをうかがいました。

気がついた。「普通の人たちってカッコいい」

日下
「自分でやってみて、改めて思いました。『普通の人って、魅力的やな』って。ポスターにすると、おばちゃんもおっちゃんも、めっちゃカッコいいんです

大手広告代理店「電通」のコピーライター、日下慶太さんはそう言います。

「おもろいポスターで町おこし」の発案者である電通関西支社のコピーライター、日下慶太さん

日下さんが2012年から手がける観光ポスターは、圧倒的な地域密着型。鮮魚店の店主が自ら身体に墨を塗って魚拓となったり、漬物店の老主人が「ポスター?はよ作ってや。死ぬで」とこぼしたりするなど、これまで地域のイメージアップにつながると考えられていた方法とは正反対なアプローチでした。

一般的に「きれい」とされるものは、なにひとつ写っていない。そこから伝わってくるのは、淡々と日々の商いにいそしんできた街の人々の本音であり、体温だったのです。


日下
「街の紹介ではなく、“そこに住む人”にフォーカスしたんです。すると、人を写すことで街の魅力が見えてきた。『人々の暮らしが街を作るんやな』と改めて感じましたね」

「人に焦点を当てることで、街が見えてくる」。観光名所をメインに置かないユニークなポスターの第一号は、通天閣がそびえる大阪きっての下町、新世界の商店街「新世界市場」で産声をあげました。

日下
「実はポスター作りのきっかけは、最初は仕事とは無関係でした。私的に新世界市場で『セルフ祭』というイベントを開いたんです。とても盛りあがったのですが、騒いだのは僕らよそ者だけ。商店街の人たちは気持ち悪がってノってきてなくて。2か月後にまた祭をやることが決まっていたので『このままやったらお店の方々に迷惑がられて終わりやな。早く軌道修正せな、商店街から怒られるやろう』と焦ったんです」

日下さんが私的に参加した「セルフ祭」。シャッター通り化する新世界市場を盛りあげる目的もあったが、あまりにも奇抜な衣装のため当初は住民には受け入れられなかった

日下さんがプライベートで参加した奇祭「セルフ祭」は、本来はシャッター通り化が進む新世界の商店街を賑やかにすることが目的のひとつでした。

しかし、まるで暗黒舞踊のように不気味ないでたちの若者が乱舞する姿に先住者たちがおびえ、気持ちをひとつにすることができなかったと言います。そこで日下さんがひらめいたのが「ポスターで商店街を盛りあげる」というアイデアだったのです。

日下
「お店の方々に『僕らは皆さんの敵ではない』という意思を伝えるために、『じゃあポスターを作ろう』と。ほんまは電通を巻きこむのは嫌やったんですが、なんかせんと、このままでは新世界の商店街と関係が悪化してしまう。スタートは正直、そんな公私混同からでした」

往時、日下さんは電通クリエイティブ局の研修担当に配属されていました。新世界市場との関係がこじれることを恐れた日下さんは「社員教育の一環」という名目で、会社の了解を得て、若手たちと商店街のポスター作りを始めたのです。

商店街の人々を起用した「おもろいポスター」が1億円の宣伝効果に

日下
「新入社員をはじめスタッフを『きみは魚屋さん担当な』『あなたはお茶屋さん担当や』と振り分けまして。商店一軒一軒それぞれのポスターを制作するのは、僕たちみんな初めての経験でした。前例がないので、すべてが手さぐりでしたね」

大手広告代理店「電通」が、下町商店街の店主と相談しながらポスターを制作するのは、極めて異例で画期的な出来事でした。そして過去にほぼケースがないなか、日下さんはひとつだけルールを設けたのです。

それは『おもろいこと』。予算がほとんどないぶん、出演ギャラが発生するタレントなどは起用できない。ゆえにお店の方ご自身に被写体になってもらうしかない。

日下さんは商店街の人々そのものを主役とし、打ち合わせでの会話から浮かび上がってくる、愛すべき天然なおかしさを重要視したのです。

日下さんは若手クリエイターたちとともに新世界市場のポスター作りに乗り出した

制作したポスターはおよそ20軒分、トータル129種類。その多くが、おっちゃんおばちゃんばかりが登場する異色な作品です。

そしてアーケード商店街をギャラリーに見立てるこの「新世界市場ポスター展(2012年11月~2013年1月開催)は、その後の日本の観光のありようすら変えてしまうほど、大きなうねりへと発展してゆくこととなります。

日下
「たまたまポスターの前を通りかかったライターさんが『なんやこれ。おもろいな』と思ってくれて、関西のタウン情報誌『Meets Regional(ミーツ・リージョナル)』で小さな記事にしてくれました。さらに朝日新聞の記者が商店街を通りがかり、ポスターを発見し、それが夕刊の記事になったんです。僕らは『新聞にまで載るやなんて、意外とウケがええんやな』と驚いていました。マスコミから反応があるとは、ぜんぜん予想してなかったんです。極めつけは朝日放送の報道番組『キャスト』に採りあげられたこと。それからはもう、取材依頼がバカスカくるようになりました。会社も『いったい何事や?』という感じでしたね

日下さんが陣頭指揮を執った商店街ポスターは噂が噂を呼び、新聞21紙、テレビ6番組、雑誌やラジオなどもこぞって報じました。

こうしてマスコミに採りあげられるたびに「話題のポスターをひと目見よう」と、ほうぼうから観光客がこのシャッター通りに押し寄せたのです。

本来ポスターは「観光をうながすため」に貼られるもの。しかし「ポスターを見るために新世界へやってくる」という、いい意味での逆効果が生じ始め、遂にパブリシティ効果は、およそ1億円! にまでのぼりました。あまりの人気に「ポスターが何度も盗まれる」という困った事態もあったそうです。

吉村 智樹

京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版VOW三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)『京都浪漫』(KB京都/BS11)『おとなの秘密基地』(テレビ愛知)に参加。まぐまぐにて「まぬけもの中毒」というメールマガジンをほぼ日刊で発行している(購読無料)。

おっちゃん、カッコええやん。「地元住民のポスター」が起こした観光業界の革命とは
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