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これが日本の美女。古今東西「美人」と呼ばれた女性たちの変遷

TRiP EDiTOR編集部
TRiP EDiTOR編集部
2020/02/07

昭和の美人

続いてはちょっとだけ昔にもどって、昭和初期の美人をご紹介します。明治時代の美人の条件とそれほど変わっていないような気がしますが、でもやはりどこか違う、昭和美人。

そんな昭和美人の代表といえば、「お富士さん」の愛称で知られる山本冨士子です。

初のミス日本代表に選ばれた「山本冨士子」(大阪出身)

image by:[パブリック・ドメイン],via Wikimedia Commons

山本冨士子は1950年代に女優として活躍。代表作には『夜の河』、『彼岸花』、『暗夜行路』などがあります。また、「第1回ミス日本」では満場一致で栄冠を手に入れました。このミス日本に選ばれたことで一躍注目を浴び、女優の道へと進んだそうです。

image by:松坂屋50年史編集委員会 [Public domain],via Wikimedia Commons

『夜の河』の大ヒットにより大映の看板女優として名を馳せましたが、契約上の理由でフリーに。大映からは映画や舞台の締め出しなどひどい圧力があったそうですが「自分の立場は自分で守る」と語り、テレビドラマに活路を見出しました。

その美貌だけでなく、芯を持ち自分らしさを貫く姿に、多くの人々が魅了されたのかもしれません。

昭和を代表する大女優「原節子」(神奈川出身)

image by:[パブリック・ドメイン],via Wikimedia Commons

1930年〜1960年代と戦前から戦後まで活躍した大女優の原節子も、昭和を代表する美人のひとりです。終戦の翌年1946年には、資生堂のイメージガールに起用され、“戦後初の多色刷りポスター”が街中で話題になりました。

原節子ヒット作品『安城家の舞踏会』(1947年)

image by:[パブリック・ドメイン],via Wikimedia Commons

原節子は1950年〜60代は日本を代表する映画監督、小津安二郎氏の作品に数多く出演。1995年にBBCが発表した「21世紀に残したい映画100本」にも選出された『東京物語』にも出演しています。柔らかく透明感も感じる美人で、同性でもドキっとしますね。

今回は平安時代から昭和まで、ダイジェストで紹介しました。美人史をたどってみると、以下のように美人の条件が変わっていることがわかります。

  • ・細長いキリリとした目→大きな目
  • ・小さな鼻→高い鼻
  • ・ぽっちゃり体型→スリム体型
  • ・大きな顔→小顔
  • ・一重まぶた→二重まぶた
  • ・短い太い眉→細め眉

令和の現代では、一周まわって太めの眉がまた流行っていますね。すべての美人は紹介しきれませんが、日本にはまだまだたくさん、さまざまな魅力を持った女性がいます。


50年後、100年後には、もっと多種多様な価値観が反映された近未来的なスタイルの女性が、美人のアイコンとして紹介されているかもしれませんね。

TRiP EDiTOR編集部

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