世界遺産・醍醐寺│お寺自体が地球を回る「宇宙寺院」とは?

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2021/04/06

京都市伏見区にある真言宗大本山醍醐寺は、総面積200万坪以上と、とても広い敷地を誇る寺院。豊臣秀吉が「醍醐の花見」を催した場所としても知られ、ユネスコの世界文化遺産にも登録されています。

その醍醐寺が先日、「宇宙にお寺を建立する」という驚きの計画を発表しました。その真意はいったいなんなのでしょうか。

そこで、醍醐寺の執行・統括本部長を務める仲田順英さんと人工衛星の製造などを担当するテラスペース株式会社代表取締役の北川貞大さんにお話を伺いました。壮大な夢の話の裏には、お寺が抱えるある悩みがありました。

「お寺離れ」が「宇宙寺院」建立のきっかけに

テラスペース株式会社代表取締役の北川貞大さん(左)と真言宗總本山醍醐寺執行・統括本部長の仲田さん

―――今回、醍醐寺が宇宙にお寺を建立するというニュースを耳にし、大変驚きました。まずは、寺院建立のきっかけをお聞かせください。

北川さん:多くの日本人は、信仰の度合いは別にして仏教を受け入れています。仏教がほかの宗教と異なる点に、「檀家制度」というものがあります。

檀家制度とは、寺院(菩提寺)が家の葬儀や法事、先祖の供養の一切を取り仕切る仕組みで、日本人の多くが農業に携わり、家単位で成り立っていた江戸時代から戦前くらいまでは、この制度はマッチしていました。

しかし、戦後、地方から都市部への移動が多くなり、先祖代々同じ場所に住むケースは少なくなっています。

―――そうですね。

そのため、お墓参りをするのにも移動に対するコストが大きくなり、当事者にとって負担になっています。また、菩提寺を自分が住む家の近くに変えようとしても親族の同意が必要だからなかなかスムーズにはいきません。そのため、最近では「墓じまい」を考える人が増えているんです。


―――「お寺離れ」という現象ですね。

北川さん:だったら、「お寺自体が人工衛星になって地球を回れば、自分が行かなくても『お寺が自分の近くに来てくれる』ようになるのでは」と思ったんです。土地に縛られないお寺があれば、本質的な仏教に対する信仰も可能になるのではないか。

そういう寺院の形態が、これからの日本人のライフスタイルに合った、ひとつのソリューションになれるのではないかと考えました。

「宇宙寺院」のアイデアが仲田さんの「腑に落ちた」理由

北川さんのアイデアのベースとなったのは、2019年に入学した京都大学経営管理大学院。ここで北川さんは、経営学を学ぶかたわら、他学部の授業も受け見識を深めました。

なかでも北川さんの興味を引いたのが「宇宙学」。総合宇宙学や有人宇宙学、宇宙人類学、宇宙ビジネスを学ぶ授業もあり、北川さんの関心ははるか宇宙に広がっていきました。宇宙に関する勉強を進めるなかで人工衛星で何かできないかと考えたとき、寺院が抱えている課題に着目したそうです。

北川さん:卒論のテーマを「宇宙寺院」と決めましたが、実行できないことは研究したくなかったんです。人工衛星は技術を学べばなんとかなりますが、お寺を建立するのは私にはハードルが高いと感じました。

そこで、北川さんは京都南ロータリークラブのメンバーで文化財保護の話を熱心に語っていた、仲田さんに相談しました。北川さんが仲田さんに宇宙寺院のアイデアを披露したとき、仲田さんは「腑に落ちた」そうです。

仲田さん:元々、真言宗は「宇宙と人間の一体」を説いており、醍醐寺にもある五重塔も「宇宙」を象徴しています。昔、文化遺産保存のプロジェクトで五重塔の内部に描かれた壁画をコンピューターグラフィックで再現する企画がありました。

1000年の時を超えてよみがえった姿を目にしたとき、とても驚きました。「これは宇宙だ」と。人類が宇宙に行くよりもはるか昔の時代に、先人たちはこの五重塔の中で瞑想をしていたと考えると、感慨深いものがありましたね。

だから「人工衛星を用いて宇宙に寺院を建立する」という話を伺ったとき、私にとっては何の違和感もなくすんなりと腑に落ちました。

―――なるほど。

仲田さん:日本人の宗教観はお天道様やご先祖様、仏様、氏神様と目に見えない存在に対して感謝の気持ちを表すことで、それぞれの宗教の枠を超えたグローバル化が昔からすでに進んでいます。明治初期に廃仏毀釈がありましたが、結局、日本人の信仰はそれ以前と変わりませんでした。

今でも、国民の休日でも何でもないのに、お盆になれば多くの人がお休みをとって帰省をしたり旅行をしたりします。これも風習が私たちの生活に根付いているものです。「宗教」という言葉自体、英語の“ religion”の訳語が必要となってつくられたもの。

日本人には宗派という認識はありましたが、宗教という感覚が元々なく、祈りという行為のなかに感謝の思いや儀式的な意味が込められ、日本人の暮らしに浸透しています。お寺も時代によって宗派を変えるケースが多々ありました。それほど、昔は宗派へのこだわりも少なかったのではないかと思います。

―――そうだったんですね。

仲田さん:仏教の世界は元々グローバルな世界観があって、その真言宗の「宇宙と人間の一体」という教えの始まりは、インドの古いヴェーダという哲学の中にあるのですが、3000年以上前からすでに、人は宇宙を見つめながら「自分という存在はいったい何なのだろう」と考えてきたのだと思います。

そこから生まれた宇宙観や宇宙論は、「人間は自然の一部」「みんな命はつながっている」という仏教の教えにリンクします。「宇宙寺院」という存在は、その教えを説くのにとてもわかりやすいので、素敵なアイデアだと思いました。

醍醐寺が長年抱える悩みとは

醍醐寺金堂(国宝)

仲田さんは、醍醐寺が長年抱えるある課題に対し、人工衛星が活用できるのではないかと期待を寄せています。

仲田さん:醍醐寺には、国宝だけでも7万5,522点、重要文化財430点、そのほか未指定を含めると、仏像や絵画など約15万点の寺宝・伝承文化財があります。

これらの修理・修復は国がお金を出してくれると思われがちですが、実は修復費は半分しか出ないんです。災害があっても最大9割、台風の被害で7割。

2019年の台風21号による被害額は約5億円近い額にのぼりましたが、うち約1億5,000万円は醍醐寺が負担しなければいけません。また、通常の修理・修復でも、国宝の数が膨大なため、毎年苦労しています。

―――なるほど。

仲田さん:さらに大変なのが、文化財の防犯・防災です。醍醐寺は、下伽藍から上醍醐まで約200万坪あり、山の上なども含めてすべてをカバーしなければいけません。

防犯・防災システムの設置には国から補助が出ますが、維持管理や更新などはすべて寺院が独自で行う必要があります。その昔、寺院は荘園を持ち、近代に入ってからは企業や篤志家からの寄付を受けていましたが、明治以降、特に戦後はそれも厳しくなってきました。

文化財の修復は目に見えて被害がわかるので寄付もお願いしやすいですが、目に見えない防犯・防災システムのための寄付はなかなか伝わりづらいです。加えて、僧侶の数も昔に比べて減っていますので、人でカバーするというのにも限界があります。

―――文化財の保護というのは本当に大変なんですね。

仲田さん:2008年8月に、上醍醐准胝観音堂が全焼する痛ましい出来事がありました。落雷によって火災報知器やカメラなど電気で動く装置が全滅してしまったため、日ごろ防災訓練をしていた人間が目視で確認した上で消火活動に当たりました。

その教訓を元に、何かトラブルが起こった際に人がすぐ動けるよう、いち早く異常を察知できるシステムを構築できないかと考え続けていました。そんなとき、北川さんから「宇宙寺院」の話をいただき、先ほど述べた寺院としての役割とは別に、人工衛星としての役割を活用できないかと思いました。

劫蘊寺の内部(図)

宇宙寺院の名称は、浄天院劫蘊寺(じょうてんいんごううんじ)。「劫(ごう)」とは、仏教用語で極めて永い時間の流れを指し、「蘊(うん)」は「積む・蓄える」「奥深い・奥底・穏やか」の意味があり、人間の存在そのものを示す要素が含まれているそうです。

2023年の打ち上げを目指しており、地球の衛星軌道上・高度約1,000km以下のLEO(地球低軌道)での運用を予定。この軌道であれば数時間に1回の周期で地球を周回することができ、地球のすべての地域をカバーできます。

また、衛星の現在位置や次に私たちが見える範囲に寺院が来る時間帯などは、スマホアプリなどでいつでも確認可能。京都はもちろん、ニューヨークやロンドンなど世界のどこからでも寺院を参拝できるようになります。

寺院の堂内には、本尊の大日如来と曼荼羅。そして、地上や海上のセンサー類からデータを受信してネットワーク化するためのIoT衛星を搭載。山間部の施設に保管される文化財の保護のためのデータ収集といった用途に用いるそうです。

現在は、地球と宇宙の安全を祈願する「宇宙法要」を地上で行い、その模様をYouTubeで発信。HPで受け付けた祈願のデータをメモリーに保管し、寺院に納める予定です。

こちらが、今年の2月に行われた第1回目の「宇宙法要」のようすです。

仲田さん:お寺や神社は、信仰の場でもあると同時に、文化や技術、芸術を発信する場所でもありました。醍醐寺の五重塔は、平安時代初期の951年に当時の最新技術を生かして立てられて以来、1000年以上も立ち続けています。

そんな建物ができたのは、皆さまの心が醍醐寺に寄り、醍醐寺に人が集まっていたからだと思います。劫蘊寺にもIoT技術を取り入れますが、今後は新しい通信技術が搭載されるかもしれません。そのためには、みんなの心を寄せることが大切です。劫蘊寺が、心の拠り所としての役割を果たして行ければと思います。

醍醐寺 五重塔(国宝)

北川さん:先日行った記者会見の反響は大きく、宇宙祈願のほかにも「自分の骨を劫蘊寺に納められないか」という問い合わせもいただきました。

宇宙に寺院を建立するという話を聞いて、多くの人々がいろいろな思いを持っていただいたのは、とても嬉しいですね。寺院の打ち上げを行う弊社では、宇宙をもっと身近なものにしてもらうために、人工衛星の低価格化も目指しています。

人工衛星の開発は始まったばかりですが、夢は膨らむばかり。劫蘊寺の今後の取組に、KYOTOSIDEも注目し続けていきます。

■■INFORMATION■■

浄天院劫蘊寺

  • source:KYOTO SIDE
  • ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。
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