最低時給を3,000円に引き上げ…それでもカリフォルニア州から逃げ出す若者たち

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2024/04/26

2024年4月1日、カリフォルニア州のファストフード店で働く全従業員の1時間当たり最低賃金がそれまでの16ドルから20ドルに上がりました。現在の1ドル約150円の為替レートで計算すると、最低時給3,000円ということになります(以後、すべてこのレートで換算します)。

最低時給3,000円は一部の人だけ?

カリフォルニア州ニューポート・ビーチ市のマクドナルド店舗 image by:角谷剛

マクドナルド、ケンタッキー・フライド・チキン、あるいはスターバックスなど、日本でもお馴染みのチェーン店で働く人々が主な対象です。カウンターで注文を取る人も、キッチンでハンバーガーを焼く人も、床をモップで掃く人も、職種は関係ありません。正社員、アルバイトといった雇用形態での区別もありません。

まるでエープリルフールのように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。現在のカリフォルニアで起きているガチガチの現実です。

すべては「時給15ドルへの闘争」から始まった

image by:arindambanerjee/Shutterstock.com

2024年4月現在、カリフォルニア州における全職種の最低賃金は時給16ドル(2,400円)です。ファストフード店で働く人は、4月1日を境に自動的に25%のベアアップを勝ち取ったということになります。

2,400円にしても3,000円にしても、日本の現状と比べると大きな差があります。厚生労働省のウェブサイト(*1)によると、令和5年(2023年)における最低賃金の全国平均は時給約1,000円ということですので、カリフォルニア州の労働者はその2倍から3倍の収入を保証されているわけです。

*1. 地域別最低賃金の全国一覧

しかし、こうした状況は昔からそうだったわけではありません。今から約30年前、1994年度のカリフォルニア州最低賃金は時給4ドル25セント(637.5円)でした。さらにそれ以前、1980年代に高校生だった私は時給3ドル台でアルバイトをした記憶があります。

そんな大昔まで遡らなくてもと思うかもしれませんが、2014年度の最低賃金だって時給9ドル(1,350円)です。その頃の為替レートは1ドル100~110円くらいでしたので、ほんの10年くらい前までのカリフォルニア州は実質的には現在の日本とさほど変わらない賃金レベルだったのです。

image by:California Department of Finance

見ての通り、ここ10年間でカリフォルニア州の最低賃金は右肩上がりで上昇を続けています。そのきっかけになったと思われるのは、2012年にニューヨークで始まった「Fight for $15」(時給15ドルへの闘争)と呼ばれる社会労働運動です。


2012年11月29日、ニューヨーク市内でマクドナルドやバーガーキングなどのファストフード店で働く労働者たちが賃金アップ、労働環境の改善、そして労働組合を結成する権利を求めるストライキを決行しました。そのときのスローガンのひとつが時給15ドルの実現でした。

この運動はすぐにカリフォルニア州やワシントン州などの他州にも広がり、徐々に最低賃金が時給15ドル(2,250円)のラインを越える州が出現し始めました。ただし、アメリカ全土に目を広げますと、すべての州が足並みをそろえているわけではありません。

政治的思惑が絡むアメリカの地域格差

米国連邦レベルの最低賃金は2009年に時給7ドル25セント(1,087.5円)と定められて以来、2024年4月現在に至るまで同額のままです。つまり、国単位で比較するならば、日米の最低賃金はほぼ同じレベルなのです。

image by:角谷剛

全米50州と首都ワシントンDCのうち、最低賃金が時給15ドル(2,250円)ラインを越えているのは8つのみ。半数に近い20州が連邦レベルと同じ時給7ドル25セント(1,087.5円)のままに据え置いています。

最高はワシントンDCの17ドル(2,550円)。連邦レベルの約2.5倍に相当します。ふたたび厚生労働省のウェブサイトを参考にしますと、日本での都道府県別最高は東京都の時給1,113円、最低は沖縄県の 896円ということですので、いかにアメリカ国内の賃金は地域格差が大きいかが分かります。

「アメリカの賃金は日本より高い」という言い方は正しくなく、「アメリカの一部には日本よりはるかに賃金が高い地域がある」が実情に即しているでしょう。

image by:US Department of Labor

上の図は各州の最低賃金レベルを色分けしたものです。時給15ドル以上を青、12ドル以上15ドル未満を緑、8ドル以上12ドル未満を黄色、そして7ドル25セントを赤で表示してあります。

アメリカの政治事情に詳しい人は上の図と似た構図を目にしたことがあると思います。よく大統領選などの記事で出てきますが、民主党の支持者が多い「青い州」と共和党の支持者が多い「赤い州」に塗り分けられた全米地図のことです。

リベラル色が強いとされる民主党、保守的な傾向が強いとされる共和党。2大政党のカラーの違いがそのまま最低賃金にも反映されているのです。


カリフォルニアから若者が逃げ出す「希望の国のエクソダス」

ファストフード店の多くは全国チェーンです。たとえば、時給20ドルのカリフォルニア州にあるマクドナルド店舗と、時給7ドル25セントのテキサス州にある別の店舗で、働く人の仕事内容も労働生産性も大きな違いはないはずです。

マクドナルドが導入したセルフ注文キオスク image by:角谷剛

それならば、より高い賃金を求めてカリフォルニア州に人々が大挙してやってくるかと言えば、まったくそうではありません。むしろその逆です。ここ10年間ほど、カリフォルニア州に転入する人口より、米国内の他州へと転出する人口が上回り続けているのです。

「カリフォルニア・エクソダス」と呼ばれるこの現象、最大の転出先は皮肉なことにテキサス州です。

理由は簡単です。カリフォルニア州の賃金はたしかに高くなっていますが、生活費はそれに輪をかけて上がり続けているからです。

時給20ドルになったその日、近所のマクドナルドに行ってきました。私が好きなダブル・クォーターパウンダーにポテトとコーヒーをつけたセットメニューの価格が税込で16ドル80セント(2,520円)。1時間分の賃金がほぼ吹っ飛んでしまうのです。

ダブル・クォーターパウンダー・コンボ。税込16ドル80セント(2,520円)はカリフォルニア州が定める最低時給より高い image by:角谷剛

人件費が上がれば、経営側は収益を確保するために商品の値上げをします。これからさらにカリフォルニア州内のファストフード店で食事をするコストは高くつくようになるでしょう。消費者にとってはけっして歓迎するべき事態ではありません

セルフ注文キオスクの導入など、店内で働く人を減らしていく傾向にも拍車がかかると思われます。労働者からすると、いくら時給が上がっても、シフト時間が減らされてしまえば、かえって収入減になってしまうかもしれません。

大昔、私が日本で大学生だった頃、時給800円から900円くらいのアルバイトで生活していました。むろん貧乏ではありましたが、お腹を空かしてはいませんでした。その頃は吉野家の牛丼大盛でもマクドナルドのビッグマックでもランチに500円以上かかることは滅多になかったからです。

むしろ、現在カリフォルニアに住む若者たちの方がはるかに厳しい状況にあるのではないでしょうか。賃金が上がれば、それだけで人々の暮らしが楽になるというわけでもないようです。面倒な世の中ですね。

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角谷剛(かくたに・ごう) アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大谷翔平を語らないで語る2018年のメジャーリーグ Kindle版』、『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。

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