街の「緑」を守れ。茨城県守谷市の危機を救った「奇跡の自然歩道」
偉業を成し遂げた10人のサムライたち。そして鳥のみち完成後の波及効果と後継者育成
雑木林の間を通る守谷野鳥の森散策路が、山のなかの静かな散策路の印象が強いのに対し、鳥のみちは広々とした湿原の風景が心を隅々まで開放してくれる印象です。
このような風景を手に入れるまでに、平均年齢70歳台の10人のメンバーは、どれほどの量の汗を流し、暑さ寒さに耐え、筋肉痛と闘ってきたのでしょうか。
泥に足を取られながら丸太を運び、削って割って組み立てて、真夏の暑いさなかに背の高いアシ原との格闘を延々くり返す。そんな過酷な作業を半年間、ほとんど休みなく続け、ついに「不可能を可能」にしたのです。まさに「10人のサムライたち!」です。
樹林の比較的少ない鳥のみちでは、しばしば猛禽類が目撃されます。今やいずれも希少種となったオオタカ、サシバ、ハヤブサ、チョウゲンボウ、ノスリ、ミサゴ、アオバズクなどなど。
以前にはよく見られた猛禽類の一部は、野鳥の森散策路や鳥のみちができるまで、一帯では観察できない状態がしばらく続いていたそうです。サシバをはじめとする猛禽類は、上空高く飛翔しながら、地上で動く小動物や爬虫類などを見つけ、捕食することで食物連鎖の頂点の地位を保つのです。
いくら広い樹林地や原野があっても、それが藪に覆われ、地上で動く獲物が上空から見えないのでは、猛禽類の生息環境にはなりえません。
守谷野鳥の森散策路ができ、鳥のみちが整備されたことで、守谷市の上空には再びサシバが姿を現すようになり、ついには繁殖までするようになりました。このニュースは守谷野鳥の森散策路や鳥のみちづくりという、本来的な意味でのビオトープ環境づくりの方向性の正しさを、見事に証明しているといえます。
10人のサムライたちの1人に、池田昇さんがいます。池田さんは市内の小学校の元校長先生で、「小さな鳥の資料館」を自宅で運営し、守谷で見られる野鳥の観察・研究だけでなく、茨城県鳥獣センターからの委嘱で、各種野生鳥類の保護活動なども行っています。
小さな鳥の資料館を訪れると、庭先にはケージがいくつもあり、猛禽類を中心に保護された野鳥たちが野生に帰るまでのリハビリ期間を過ごしています。サシバが再び姿を現した一帯の環境は、同時に野生鳥獣のリハビリにも適した環境を取り戻したといえるでしょう。
このようにさまざまなことがうまく回転しはじめたとはいえ、大きな課題も残ります。10人のサムライたちのさらなる高齢化です。
後継者の一刻も早い育成が期待されますが、一方では、10人のサムライたちの黙々と働く姿から薫陶を受けてきた地元の小中学生たちが、続々と大人の仲間入りをしています。
彼らのなかには今も野鳥の森散策路や鳥のみちの清掃作業に参加し、後輩たちや大先輩たちの労をねぎらいに訪れる例が珍しくないといいます。
彼らの世代が結婚し、子どもを持ち、子どもを伴って野鳥の森や鳥のみちを訪れ、体験談をまた次世代に伝えはじめるころには、より広い視野で地域環境を考え、それを実行に移すような新たな担い手も登場してくるかもしれません。
子どもたちへの影響だけでなく、10人のサムライたちが鳥のみちづくりを半年で成し遂げたインパクトは、各方面に波及効果を及ぼしています。例えば鳥のみちとともに、野鳥の森散策路が再び脚光を浴びるようになり、休日などに市内外からウォーキングや自然観察に訪れる人が格段に増えたそうです。
守谷市の「ふるさと納税プログラム」において、市が呈示する使用目的の筆頭に「自然環境および緑化の推進に関する事業」が挙げられるようになったのも「守谷野鳥の森散策路・鳥のみち」効果といえるでしょう。
同時に全60ヘクタールにもおよぶ「守谷野鳥の森散策路・鳥のみち」周辺の民有地を、守谷市が保全を前提に長期借地する事業も今年度からはじまり、市職員が全庁的に作業支援に参加することになったそうです。
守谷野鳥の森散策路づくりの最初の活動開始から16年目。本当の意味での市民主導による良好な緑地保全、自然環境の維持体制が守谷市ではいよいよ根付き、新たなツボミが次々に発生しはじめている。そんな思いが強く印象づけられた取材でした。
- image by:未知草ニハチロー
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