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2020年大河ドラマをより面白く見るための「細川幽斎」予備知識

KYOTO SIDE
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2019/07/26

2020年大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公・明智光秀の盟友であり親戚でもある戦国武将・細川幽斎(ゆうさい=藤孝)。

前回は幽斎の人物像をご紹介しましたが、幽斎を語る上で欠かすことができない強烈なエピソードが西軍1万5000人vs幽斎軍500人で戦った「田辺籠城戦」です。地元舞鶴の人々に親しまれている理由や、田辺城籠城戦ゆかりのスポットをご紹介します。

※読みやすさ重視で細川藤孝を「幽斎」で統一します。(以下、外部サイト<KYOTO SIDE内>リンク)

 地元の祭でも再現される田辺籠城戦、細川家が舞鶴人に親しまれる理由

今回は長年に渡り城郭の発掘調査・研究をしてこられた田辺城資料館の館長・吉岡さんにお話をおうかがいしました!

田辺籠城戦とは

慶長5(1600)年9月15日に起こった関ヶ原の合戦。石田三成方の西軍VS徳川家康の東軍の戦いは有名で、教科書で必ず出てきますよね。その前哨戦の一つが同年7月21日から9月12日までの52日間の田辺籠城戦です。“もう一つの関ヶ原”とも呼ばれているそうです。

圧倒的に不利だった戦を地元の僧侶や住民と共に耐え抜いた52日の籠城戦

パネル展示されている籠城図。敵陣に取り囲まれている様子がわかる。現在舞鶴市では3点残っている

田辺籠城戦は西軍1万5000人VS幽斎軍500人の戦いでした。幽斎軍の500人の内訳はというと、将兵50人、地元の住民や僧侶などで構成。圧倒的に不利ですよね!

城下の瑞光寺や桂林寺の僧侶にも持ち場が与えられ、その活躍が伝えられています。

7月21日に戦いが始まって約1ヶ月、鉄砲や大砲を撃ち合う攻防戦が城下で繰り広げられます。8月末には膠着状態に。田辺城を竹の柵で取り囲まれてしまい、人や物の出入りがストップします。

戦いは事実上休止状態に・・・。


ミニコラム①●籠城中、食料や水はどうしてたの?

食料や武器・弾薬を戦いが始まる前に領内の宮津・峰山・松倉(久美浜)の各城から船で田辺城に運び込まれました。わずか2.3日で準備したんだとか。
幽斎の呼びかけに応じて大量の米を持って籠城に加わった地侍や僧侶もいました。
また、本丸付近では地下水位が高いために井戸から豊富な水が湧いていたそうです。

ミニコラム②●発掘で出土した籠城戦の「鉄砲玉」

西軍から田辺城へ打ち込まれた鉄砲玉。湿地に立つお城だったので保存状態のよい遺物が出土します。

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