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綾部市で多い名字1位の四方さん、2位の大槻さん。そのルーツに迫る!

KYOTO SIDE
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2019/09/22

自分の住んでいる地域に●●さんって名字多いな~とかめずらしい名字とか、子どもの頃素朴に疑問に思っていたことありませんか?

今回は、綾部市に多い名字がテーマ。現地に出向いて名字のルーツを独自調査してきました!

大槻家に残る、門外不出だった家系図をメディア初公開!

旧姓四方、現在大槻!1位2位の名字を持つ市民にインタビュー!

綾部市資料館で編集部が調査したところ、明治時代からずっと一番多いのは四方(しかた)さん、次に多いのは大槻さんでした。

※そもそも、名字が一般的になったのは戸籍ができた明治時代からのこと、最近の研究では江戸時代から多くの人が名字を持っていたといわれています

今回は、綾部史談会に所属する大槻祐紀さんにお話をおうかがい。なんと、大槻さんの旧姓は四方さん。

昭和54年、約400年続く大槻家の本家(綾部市西坂町)へ婿入りし、四方から大槻姓となったお方!で今回のテーマにピッタリ。(笑)

大槻家がそうそうたる歴史の舞台に登場し、こうして今の大槻さんへと続いていることがわかりました。

約20メートルの家系図のルーツは平安時代、天神さん菅原道真の三男

――こちらが大槻家の家系図ですか?立派な製本のようですが。

はい、元々20メートルに及ぶ巻物だったんですが。蔵から出てきたときには傷みが激しかったので、急いで製本したんです。それが約20年前のことになるかと。


家系図の最初を見ると、菅原道真の「三男・大月清重」と書かれているんですよ。

――ええ!?天神さんでおなじみの、あの菅原道真が名字のルーツ!?

はい。菅原道真は、藤原氏の政略により九州・大宰府へ左遷されることに。その際、子どもたちは散り散りになって。三男は、備後国(現在の広島県東部)の地方豪族になって「大月」と名乗っていました。後の代に中国地方全域に勢力をもつようになります。

――ここ(赤矢印)に菊のような絵が描かれていますが、これはなんですか?

家紋に似たようなものらしいのですが、まだ道真のひ孫の時代、家紋はなかったと思います。

菅原道真の三男・大槻清重の孫の代、天皇から上洛を命じられ拝謁しました。先祖の大月氏が菅原道真の末裔ということを知った天皇から菊の絵を賜り、錦の旗として備後へ持ち帰ったそうなんです。

源平の合戦で平家を討伐した十二士(じゅうにし)

――ツキという漢字、途中から変わったんですよね?

はい、そうなんです。実は源頼朝の一声で漢字を変えることになるんですよ。平安末期の源平合戦の際、関東で源頼朝が挙兵したときに大月氏も加勢しました。

「弓矢の名手」で狩りが得意だったことから、「扌(てへん)に矢に見」のツキの字を頼朝から賜って、変えたそうです。明治時代まではこちらのツキを使っていたんですよ~。
また、狩りが得意というエピソードが元で、家紋は「結び雁金(かりがね)」なんですよ。かりだけに。(笑)

大槻氏にもいくつか流れがあり、家紋も異なります。
「備中系」の大槻氏はこの家紋が多いそうですが、ほかに「扇紋」「橘紋」があります。橘紋は大槻氏のルーツが菅原氏にあることを由来にしているそうです。

 ――他の資料を拝見すると、源平合戦で後白河法皇の第3王子・以仁王(もちひとおう)に尽力した、綾部の12の武士の筆頭に「八条院蔵人 大槻権守光頼 (綾部市高津町)」と名前が挙がっていますね。

十二士(じゅうにし)の中に、荻野、村上、上原という有力武士の名前も出ていて、現在も綾部市に比較的多い名字として続いていることもわかりますね。

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