本棚の後ろの隠れ部屋へ。今も残る「アンネ・フランクの家」で生きた証に触れる
『アンネの日記』という題名を聞いたことある方も多いのではないでしょうか。第二次世界大戦中、ナチスドイツの迫害から逃れるため、約2年の隠れ家生活を送ったユダヤ人の少女アンネ・フランクがつづった作品集です。
アンネが実際に隠れ住んでいた部屋は、いまも残っています。それがオランダのアムステルダムにある「アンネ・フランク・ハウス」。世界中から見学者が訪れるアンネ・フランクの家。予約必須のこちらのミュージアムについてご紹介します。
なぜ隠れ家生活をしなければいけなかったのか
アンネ・フランクは、1929年にドイツで生まれました。生きていたら今年で96歳。ドイツでは1933年に反ユダヤ主義を掲げるナチス党が政権を握り、ユダヤ人への迫害が強まっていました。
ユダヤ人のアンネ一家は隣国のオランダに亡命。しかし第二次世界大戦が始まり、オランダもドイツの占領下になってしまいます。最初は普通の生活を送っていたアンネも次第に行ける場所や学校が制限され、ついにはユダヤ人の強制収容所への連行が始まってしまいます。
アンネの父オットーは、オランダのアムステルダムで会社を経営していました。そこで事務所の建物に隠れ家を作り、1942年から一家で隠れ家生活を始めたのです。
最初はアンネと姉のマルゴー、両親の4人。その後ほかのユダヤ人も合流し、8人で共同生活を送っていました。
しかし1944年8月4日、隠れ家がナチス親衛隊に発見され全員強制収容所に送られてしまいます。
アンネは姉のマルゴーと一緒にドイツのベルゲン・ベルゼン収容所に移され、そこで感染症にかかり、翌年1945年の3月頃に15歳で亡くなったといわれています。
8人の中で唯一、父のオットーだけが生き延び、1945年6月にアムステルダムに帰ってきました。そこで会社の従業員たちがこっそり隠し持っていた、アンネが書いた日記やメモを受け取ったのです。
オットーは娘が生きていた証として身近な人に読んでほしいと思い、タイプライターで清書しました。これが一番最初の『アンネの日記』です。
アンネにとって宝物だった日記
身内向けに作られた『アンネの日記』でしたが、周りの人たちからの勧めもあり、1947年に商業出版されました。
すると瞬く間に話題となり世界的なベストセラーになったのです。現在では75以上の言語に翻訳され、2009年にはユネスコが定める「世界の記憶」に選定されました。
最初にアンネが持っていた赤い日記帳は、13歳の誕生日のプレゼントでした。
喜んだアンネは、学校やボーイフレンドのことなどたわいもない日常をつづり始めます。しかしそのたった3週間後、彼らは隠れ家生活を始めることになってしまいます。
生活が一転し「書くこと」は、ますますアンネにとっての心の支えになりました。
希望を書きつづり、小説を創作し、時には同居人への不満や愚痴を吐き出したり。日記帳は彼女にとってなくてはならないものだったことがわかります。
アンネが日記をつづっていた隠れ家は戦後、建物の老朽化により取り壊される計画もありました。しかし世界中の読者やアムステルダム市民から保全の声があがり、ミュージアムとして一般公開されることになったのです。
そして1960年5月3日に「アンネ・フランク・ハウス」として開館。ちなみにオランダでは、5月4日が戦没者追悼記念日、そして5月5日がナチスドイツ軍から正式に解放された解放記念日です。
実際の隠れ家生活を疑似体験
アンネ・フランク・ハウスでは隠れ家はもちろんですが、階下にあった事務室など建物全体を使って、アンネを取り巻く当時の様子を知ることができます。
数年前にリニューアルされ、展示パネルや映像を使い大変わかりやすい内容になりました。
また無料の音声ガイドがあり、日本語対応もしています。これが大変わかりやすいので、ぜひ音声を聞きながら順路にそって、各展示をゆっくり見て回ってみてください。
館内は撮影禁止です。また荷物や上着は受付で預け、帰りに受け取る仕組みになっています。
ただしスーツケースなどは預けられません。大きな荷物はホテルに預けたり、アムステルダム中央駅近辺の荷物預かり所を利用しましょう。
順路の前半は、ユダヤ人を取り巻く情勢の変化、隠れ家生活前のアンネの写真や動画など貴重な資料を使った解説が並びます。少しずつ情勢が悪化し、アンネの生活が狭められていく様子は心がぎゅっとなります。
そして順路の後半は、いよいよ隠れ家に入ります。本棚で隠された秘密の階段を上がると、そこは昼でも薄暗い空間。周囲に気づかれないように窓もカーテンも開けることができなかったのです。
そして一般的なオランダの住宅よりも天井が低く感じました。ここに8人もの人が暮らしていたなんて。しかも階下の従業員に気づかれないように、昼間は物音を潜めて2年も。
そんなことが本当に可能なんだろうかと思ってしまうほどです。一方でそうせざるを得なかったのだという現実を急に実感し、息苦しさを感じるような気持ちになりました。
ですがそんな生活の中でも、8人は少しでも希望を見出そうとしていたことがわかります。例えばアンネの部屋に貼られた映画のポストカードや雑誌の切り抜き。
ラジオで聴く、連合軍がオランダ解放に向けて北上してきているニュースを書き留めた地図。アンネと姉のマルゴーがペンで背丈を記録した壁など…。間違いなく、彼らがここに生きていた日常が感じ取れます。
明るい日差しを浴びることができたのは、最上階の屋根裏部屋だけでした。ここは老朽化が進んでおり、残念ながら一般開放はしていません。
この屋根裏部屋はアンネが同世代の男の子でもある、同居人のペーターと長い時間を過ごした大切な場所でもありました。
15分おきにすぐ近くにある西教会の鐘の音が聞こえてきます。彼らも同じように、鐘の音を聞いて過ごしていたことが日記に記されています。
隠れ家には台所やトイレ、洗面所もありました。ですが日中は音が響くので、水を流すことはできません。
一方、夜や週末には階下を気にせず、おしゃべりをしながら夕食を囲んだり、アンネたちが階下の事務所や倉庫に降りることもあったそうです。
隠れ家を出ると、彼らのその後の運命を辿る展示が続きます。強制収容所の様子、そして戦後生き延びたオットーやアンネの友人、協力者たちの証言。
建物を出ると広い空が広がり、やっと外に出たという気持ちと共に、アンネが隠れ家を出て最初に見た風景はどんなものだったんだろうという思いになりました。
事前予約必須!旅程が決まったらすぐに予約を
アンネ・フランク・ハウスは、隠れ家という特徴、また世界中から見学者が訪れるため人数を制限した完全予約制となっています。
以前は当日並んで見学も可能でしたが、現在はオンライン販売のみです。ミュージアム受付や旅行代理店での販売はしていないので、ご注意ください。
ときどき「アンネ・フランク・ハウス見学」というツアーを見かけますが、外観のみの見学だったり、チケット手配は各自で行うものもあるので十分注意してください。公式サイトでも、偽チケットや紛らわしい観光ツアーへの注意喚起が出されています。
さて、オンラインチケットですが毎週火曜日のオランダ時間の午前10時に、6週間先までのチケットが販売されます。旅程が決まったらぜひ早めに予約をしましょう。
とくに夏休みはすぐにチケットが売り切れてしまうこともあります。4月~6月にかけてもヨーロッパの春休みの時期ということもあり注意が必要です。
ただ日中は売り切れても、夜8時以降のチケットは比較的残っていることがあります。旅のプランを柔軟に検討してみてください。
アムステルダム市内に残るアンネの生きた証
西教会に建つアンネの銅像
アンネ・フランク・ハウスを訪れたあとは、ぜひ近くにあるアンネの銅像にも寄ってみてください。すぐ隣にある西教会に建っており、アンネ・フランク・ハウスから見て反対側に佇んでいます。
メルヴェーデ広場にある隠れ家へ移動するアンネの銅像
またアムステルダム市内には、ほかにもアンネとゆかりのある場所があります。ひとつは隠れ家生活を送る前に住んでいたアパート。アムステルダム市南地区のメルヴェーデ広場です。ここにもアンネの銅像があります。
西教会の銅像とは異なり、怪しまれないように最低限の荷物で、ただし衣類は重ね着して家に別れを告げる様子を表しています。
この隠れ家生活前の住居は、一般公開はされていませんがオンラインで内部を見ることができます。
現在はアンネ・フランク財団が管理しているのですが、母国では安全に執筆活動ができず海外から逃亡してきた作家に貸し出しているそうです。
ホロコースト氏名記念碑
もうひとつは、ホロコースト氏名記念碑。ナチスによるホロコーストの犠牲となったオランダ国内の人々、10万2000人の氏名が刻まれた記念碑です。アルファベット順になっており、アンネ・フランクの名前も見つけることができます。
このあたりはユダヤ人が多く住んでいた地区で、近くには国立ホロコースト博物館があります。
合わせて見学すると、なぜこのような悲劇が起きたのか歴史や原因をより深く学ぶことができるでしょう。
過去の過ち、歴史を学ぶということ
アンネの悲劇を繰り返さないようにと、世界中から多くの人が訪れる「アンネ・フランク・ハウス」。こうした悲劇はある日突然起きるわけではなく、時代背景や民衆の心情、世界情勢や景気など、さまざまなことが関与しています。
いまだに世界では多くの紛争が起きており、いまこの瞬間も家族や自由を失っている子どもたちがいます。しかし過去の過ちや歴史を学ぶことは問題を理解したり、未来を変える力にもなります。
普段平和に暮らしている私たちだからこそ、アンネ・フランク・ハウスで気づかされることがあるのではないでしょうか。オランダを訪れる際には、ぜひアンネたちが生きた証にも触れてみてください。
- アンネ・フランク・ハウス
- Westermarkt 20, 1016 GV Amsterdam
- 年中無休(※ユダヤ教の休日やメンテナンスによる休館、祝日は時短営業もあるので、詳しくは公式サイトのチケット情報を確認してください)
- 9:00~22:00
- 英語版公式サイト
- ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。
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