英語力だけではうまくいかない。スピーチコーチが追求する“英語スピーチ”の本質とは
英語スピーチは、リーダーシップのリトマス試験紙?

スピーチコーチの主観的で偏った考え方かもしれませんが、英語で話す場に立つと、その人の「考え方」や「立ち位置」が露わになるような気がします。
この人は「決める人」なのか、それとも、説明するだけの人なのか、あるいは、人を動かす人なのか。これらが、日本語で話すよりも、はっきりと見えてしまう。
英語のスピーチトレーニングを通して、「英語は、リーダーシップを発揮するために欠かせない言語」であると同時に、「英語は、リーダーシップを隠せない言語」でもあると感じます。
日本語は、リーダーシップをぼやかすことができる言語?
日本語は、とても「優しい」言語であるように感じます。
- ・主語を言わなくても通じる
- ・結論を後ろに置いても許され
- ・責任の所在を曖昧にできる
例えば、こんな表現。
「状況を見ながら、柔軟に対応していければと思います」
誰が決めるのか。何をするのか。いつやるのか。すべて、ぼやけています。日本語では、これでも「大人の表現」として成立してしまう。
一方、英語ではこうなります。
“We will decide this by Friday.”
- ・主語がある
- ・動詞が明確
- ・期限がある
英語では、リーダーであることを前提に話すことが求められます。だから英語で話すと、決断していない、覚悟が定まっていない、方向を示せていないことが、即座に露呈します。
かつて、英文科の学生だったころ、友達がこう言いました。「英語を話すと、自分が強くなった気がする」。そう、たしかにそういう感覚がある。
英語で話すと、いつもの自分よりもハッキリと意見を言い、白黒つけて話せる。ズバッと言える。強い人間になったような気が、するんです。あの感覚って、当たっていたんだなあ、と今さらながら思います。
英語が苦手なのではなく、決断が言葉になっていない

トレーニングの現場でよくあるケースがあります。英語にすると言葉が詰まる。日本語なら説明できる。でも、よく聞くと、日本語でも「決めていない」のです。
- ・方向性はある
- ・感覚としてはわかっている
- ・でも、言葉にすると責任が生まれる
英語は、それを許してくれません。英語で話すということは、決断を言語化することなのではないでしょうか。
声が弱いと、リーダーに見えない
もう一つ、重要な要素があります。それが「声」です。英語では、ボソボソ話していると、どれだけ正しいことを言っていても、「自信がなさそう」「決めきれていない」そんな印象を与えてしまいます。
内容ももちろん大切ですが、「声の力が、リーダーシップの評価軸」になるように思います。
リーダーシップは「態度」ではなく「構造」で伝わる
多くの人が、「堂々と話そう」「自信を持とう」とします。しかし、英語では、その「思い」だけでは通用しません。
- ・結論が先にあるか
- ・動詞が行動を示しているか
- ・声が前に飛んでいるか
この物理的構造が整って、初めて「リーダーに見える」のです。言葉や態度で物理的に示してこそ、相手に伝わるものがある。気合いだけでも、なんとなくの雰囲気だけでもない、っていうこと!トレーニングをしていて、これをつくづく実感します。
英語を鍛えると、日本語が変わる理由
英語スピーチを鍛えた方が、こんなことをおっしゃいました。
- ・会議で話す時間が短くなった
- ・指示が伝わるようになった
これは偶然ではありません。英語で鍛えた決断の言語化、行動の明示、声の出し方が、そのまま日本語にも反映されるからでしょう。
英語は語学ではない。リーダーシップ訓練である!
こうしてみると、英語というのは、単なる語学を超えているような気がします。英語スピーチは、リーダーシップのリトマス試験紙のようにも思えます。このハードルを超えると、明確に、強くなれるのではないでしょうか。これからの時代、特に…。
- image by:Shutterstock.com
- ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。


