桃太郎伝説が息づいている、岡山市西部の「吉備津神社」
日本人なら誰もが知っている、日本のおとぎ話「桃太郎」。桃太郎のモデルとなったのが、紀元前3世紀頃にいた第7代孝霊天皇の息子である吉備津彦命と言われています。そして、桃太郎伝説が今も息づいているのが、岡山市西部にある吉備津神社と言われています。美しい回廊や桃太郎の絵馬など、見所たっぷりの吉備津神社を紹介します。
桃太郎伝説が息づく岡山市・吉備津神社
auのコマーシャルで松田翔太さんが扮している桃太郎。桃太郎は紀元前3世紀頃に生きた、第7代孝霊天皇(こうれいてんのう)の息子である吉備津彦命(きびつひこのみこと)がモデルと言われています。
日本各地には「ウチこそ桃太郎ゆかりの地!」と名乗りをあげている土地がいくつかありますが、個人的には「岡山県説」が有望かと思っております。
吉備津彦命は吉備国で人々を苦しめていた温羅(うら)一族を平定して、平和と秩序を築いた人物と伝えられています。吉備津彦命=桃太郎、温羅一族=鬼と考えると、桃太郎伝説の紐解かれるかも。
その桃太郎伝説が息づいているのが岡山市西部にある吉備津神社。
去年、今年と2年続けてこちらの神社に初詣していますが、毎年、南随神門へ続く参道を通ることにしています。なぜなら、美しい木造りの回廊を通る楽しみがあるから。
こちらの回廊は1579年の再建。その長さはなんと全長360m!
日本の神社のなかでもこれほど長い回廊を擁する神社はあまりないのではないでしょーか。回廊は坂になった地形に合わせて建造されています。
この回廊の入り口付近にあるのが鬼のモデルといわれる温羅の首が埋められているという「御竈殿(おかまでん)」。ここではお湯を沸かしたお釜の鳴る音で吉凶を占うという世にも不思議な神事が行われています。
この神事は吉備津彦命に退治された温羅の首が13年間も呻き声をあげ(ヒャ~)、御竃殿の下に埋めてもおさまらず、吉備津彦命の夢枕に温羅が立ち「私の妻の阿曽姫(あぞひめ)に御竃殿の火を炊かせよ。幸福が訪れるなら豊かに鳴り、災いが訪れるなら荒々しく鳴るだろう」と告げたことに由来します。
回廊の途中では、山側に末社がいくつか配され、参拝もできます。
長い回廊を歩き南随神門を抜け、拝殿と本殿へ。
現存するこちらは1390年に室町幕府3代将軍の足利義満が造営を開始し、1425年に遷座。この神社の拝殿は境内の敷地面積の割にはコンパクトで、参拝客が参拝の順番を待つ空間にあまり余裕がありません。よって、元旦のようにお参りする人が多い時は、「おしくらまんじゅう」状態になることを覚悟しておきましょう。
この拝殿と本殿は国宝に指定されており、比翼入母屋造り(吉備津造り)と呼ばれる、日本で唯一の建築様式で建てられています。たしかに2つ並んだ入母屋(いりもや)造りの屋根を見たのは、おハツのこと。
この建築をじっくり眺めるなら、境内でも高い位置にある「一童社(いちどうしゃ)」へと上がる階段付近から鑑賞するのがオススメ。本殿の前後に2つ並んだ屋根や、躍動感のあるなだらかな檜皮葺きの反りを目に焼き付けるにはもってこいの場所です。