何もないんじゃなくて、見つけてないだけ。変わりゆく「富山」を愛する理由

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2020/02/22

日本海食堂は「開かれた異界」

もう一軒が、ドライブイン「日本海食堂」。藤井さんが旧友コンちゃんに連れられて訪れ、取材の過程で店主と親しくなった場所。

「コドモ秘宝館」を筆頭にホーロー看板に覆われたアヤシげな外観は、二度見せずに通り過ぎることは不可能なインパクトを放っています。

ただごとではない外観のドライブインレストラン「日本海食堂」

広々とした店内も昭和レトロミュージアムの様相を呈しており、胸騒ぎから逃れることはできません。彼女はここもまた「開かれた異界」と呼びます。

令和とは思えないレトロな店内

藤井聡子さん藤井
「1965(昭和40)年創業の、長い歴史があるレストランです。初代まではいたって普通のお店だったのです。初代のころに私の両親も食事をしていました。現在の店主が跡を継いでから、なんだかこうなっちゃったんです

藤井さんは日本海食堂に通ううち、カオス極まりないディスプレイの理由を知ります。それは、2代目店主の両親が健康面の不安から店をたたもうとする姿を見て、励ましたいと考えた結果でした。

藤井聡子さん藤井
「2代目店主のアニマル種口さんが『最後ぐらい両親にハナを持たせよう』と、活気にあふれていた時代と同じムードにするべく、ホーロー看板や昭和グッズを飾り出したんです。すると噂を聞きつけた昭和マニアの人たちやレトロカーマニアが遠方から訪れるようになったのだそう。

そうやって昔なじみの常連さんだけではなく、昭和マニアの面々、家族連れやカップル、様々なコミュニティの人たちが食堂に集まり始めた。その状況が『開かれた異界』であり、私が理想とする『居場所』だったんです」

「珍スポット」と呼ばれる場所にも、そうなるに至った背景には、親を想う温かな情愛があった。独自の発想と努力があった。いたく共感した藤井さんは意気投合。敷地内で単行本発売記念イベントを開催するほど重要な拠点となってゆくのです。

藤井さんは日本海食堂で新刊発売記念イベントを開催した

このように総曲輪ビリヤードや日本海食堂をはじめ味わい深いエリアやお店を取材し、藤井さんは多くの素敵な富山人と出会います。


名峰立山の登山口で約100種類以上のサンドウィッチを自家製するコンビニ店主、農作業をしながら先鋭的な音楽レーベルを運営するイベント会社のスタッフ、木こりのブルースシンガーなどなど、何もないどころか、富山は逸材の宝庫でした。そして藤井さんは、ひたむきに生きる彼らの姿に心を震わせてゆくのです。

おびただしい量の手づくりサンドウィッチが並ぶローカルコンビニ「立山サンダーバード」

「地元の人たちが集う場所こそが本当の観光資源」

藤井さんが「富山の個性」を探し求め始めたもうひとつの理由、それは近年著しい「街の整備」

県民50年の悲願だった北陸新幹線の開通は、確かに多大な恩恵をもたらしました。そして行政はこれを機にさらなる活性化を図るべく、街の中心部に大胆なリニューアルを施したのです。

新幹線開通前後から活発化した街の再開発

とはいえ、再開発は反面、地方都市ならではの雑多なエネルギーを奪いとる側面もありました。藤井さんが幼いころ「シブすぎて近づけなかった」という「駅前シネマ食堂街」や「富劇ビル食堂街」も、姿を消してしまいました。

藤井聡子さん藤井
「2010年あたりから、凄いスピードで街がどんどん変わっていった印象があります。哀愁が漂う歓楽街や雑居ビルがなくなって悲しかった。一見きったねえんだけど、いろんな人間模様が交差して積み上げられてきた歴史がそこにはありました。物理的に場所がなくなる以上に、交わっていた人たちの痕跡をなくしてしまうことが、とても大きな喪失だと思ったんです

雑多でちぐはぐなものが乱立している状態が街の魅力だと私は考えています。そして、地元の人たちが集う場所こそが、地場の魅力を伝える本当の意味での観光資源になるはず。それをすべて平らにしてしまうことへの違和感が次第に募りました。この点に『いいのかな、それで』と疑問が湧きあがったのが、この本を書いた動機でもあります」

いまはなき「駅前シネマ食堂街」

藤井さんが帰郷した時期と富山の激動期は、偶然と思えぬほどリンクしていました。僕はこの本を読み、「猥雑(わいざつ)なムードがありつつも県民に愛された街が、クリーン化に抗戦するために藤井さんを召還したのではないか」と感じたほどです。

そして再開発によって風景が画一化してしまう現象は、決して富山に限った問題ではありません。

「偏屈で扱いづらい富山の人々が私は大好き」

『どこにでもあるどこかになる前に。』というタイトルには、変わりゆく街に対して悲しさや憤りをおぼえつつ、見守るしかない自分の弱小さを省みる複雑な心境がにじんでいます。

そして、よそ行きの街になろうとする故郷に忸怩(じくじ)たる想いを抱きながらも、「それでも富山が好きだ」と彼女はいうのです。

藤井聡子さん藤井
「富山のよさは、やっぱり人ですよね。『富山は何もないです』と謙遜しながらも、他人から『富山って何もないよね』といわれるとブチギレる(笑)。郷土愛がひねくれているんですよね。この偏屈で扱いづらい富山の人々が、私はとても好きなんです」

人気ライター「ピストン藤井」が本名の藤井聡子名義で、おもしろキャラを封印して書いた初めての著書『どこにでもあるどこかになる前に。〜富山見聞逡巡記〜』は、故郷に対する愛と憎に揺れ乱れ逡巡しつつ、「ここで生きる」と決意する凛々しさに胸を打たれます。

読んでいて、彼女が踏みしめた街を、自分も旅したくて仕方がなくなるのです。そういう点でこの本は、究極の富山ガイドブックといえるでしょう。

さらに、「では、自分が住む街はどうなのか」「住む街のよさを知ろうとせず、不平だけを口にしてはいないか」「あなたに郷土愛はありますか?」と読者に切っ先を向けてくる、鋭い一冊でもあるのです。

  • 『どこにでもあるどこかになる前に。〜富山見聞逡巡記〜』(里山社)
  • 著者:藤井聡子
  • 定価:本体1,900円(税別)
  • http://satoyamasha.com/books/2444
  • image by:吉村智樹
  • ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性
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京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版VOW三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)『京都浪漫』(KB京都/BS11)『おとなの秘密基地』(テレビ愛知)に参加。まぐまぐにて「まぬけもの中毒」というメールマガジンをほぼ日刊で発行している(購読無料)。

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