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岩手からニューヨークへ。世界で勝負する東北の農業ベンチャー

TRiP EDiTOR編集部
TRiP EDiTOR編集部
2018/02/13

サウジ研修で農業の6次産業化の道へ

特に刺激となったのは5年目に2ヵ月の休暇をもらい総理府(当時)の派遣でサウジアラビアの砂漠酪農を経験したことだった。気温40度の炎天下で1万2,000頭の牛が浴びるシャワー、24時間体制の搾乳とパック詰め作業などを体験するうちに厳しい自然環境にあっても、欧米の新技術を導入した農業の展望を肌で感じ、帰国後は第一次産業の農業に二次、三次の付加価値をつけ、一~三次を足しても六、乗じても六となる六次産業化の農業のノウハウを懸命に研究して、方向をみつけることになる。10年間公務員生活を送った後は、きっぱりと退職し88年から専業農家をスタートさせた。

退職金、借入金などで1億円をかき集め有限会社を設立。北海道から200頭の乳牛を買い付けて事業をスタートさせた。しかし毎日の搾乳量は4トン、糞尿の量が数トン。毎日夜中の2時半から2~3時間の休憩を入れて、夜遅くまで牛舎に入る生活だった。だが、そんな生活を続けているうちに、自分の農製品を農協に持っていき「農協に売ってもらうビジネスではダメだ」と気づく。消費者と直接接するため自分の名前を入れた製品を売るようにし、製品に責任を持つ販売戦略を採った。

こうして東京の小売店を飛び込みで営業しているうちにTVが密着ドキュメントを放映し、多田ブランドの名前が一挙に広まり、多くの店が「多田克彦牛乳」や「多田克彦飲むヨーグルト」を店に置いて販売してくれるようになった。また道の駅「遠野風の丘」がオープンすると、どっと客が押し寄せてきたのである。

ところが好事魔多し。山林の所有地に堆肥を置いていたところ台風の襲来で堆肥が下の集落に流れ出す事件が起きたり、雇っていた外国人労働者が不法滞在で強制送還される。さらには共同で委託していた乳製品の酪農の製造工場が手練手管のコンサルタントにだまされ、土地も建物も奪われた。こうして一時は売上げ20億円まで成長した多田氏の会社経営は暗礁に乗り上げる

しかし、そんなことでくじけないのが多田氏のバイタリティーとエネルギー。その後専門家や若い応援者を得て再建に成功。いまや多くの従業員を抱える会社に成長している。多田氏は東北弁丸出しで自分の農産品を熱心に語り、消費者の求める安全でおいしく安い品物を作れば必ず農業にも未来があると説く。その熱意が相手に自然に伝わりファンを増やしていったのである。

ベンチャーの先駆け、岩手の拠点に

多田氏は大学を卒業した後、農産物で起業することを考え、農業を実践し農産物を作るなどして30代で多田自然農場を立ち上げた。いまや日本はベンチャーブームで起業する若者が相次いでいるが、多田氏はその先駆けの人物だったといえる。

私はTBSラジオの「嶌信彦のエネルギッシュトーク」という番組でさまざまな分野で、志をもって生きている方々をゲストにお招きしてお話を伺う対談を2002年10月に開始した。現在も、タイトルを変え「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」として日曜21時にお届けしている。どうして今の道を選んだのか、過去の挫折や失敗、転機、覚悟、再起にかけた情熱、人生観などを、独自の切り口でインタビューしているが、実は初回のゲストとして出演いただいたのが多田氏だった。東北弁丸出しで情熱を込めて話す語り口は独特で今でも忘れ難い。今でこそ起業家ブームとなっているが、30年も前に岩手県の遠野市で消費者ニーズに合わせた農業ベンチャーを立ち上げた思いやその理念は、現在の起業家ブームにも大きな影響を与えたように思う。

TRiP EDiTOR編集部

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