田舎を持たずに大人になった私が体験した、初めての「夏休み」
「いんやぁ、よぉく来たねぇ。遠かったでしょう」
迷宮入りしそうなほど回り続けるマイナス思考を打破したのは、少ししゃがれた声。ハッとして顔をあげる。目の前にいるのは、深い笑顔のしわが特徴的な、可愛らしいおばあちゃんがいた。
「こ、こんにちは」
慌てて挨拶をする。きっと、この人が彼のおばあちゃんだろう。普段はスーツを着て都会のど真ん中を颯爽と歩く私の姿は、いまどこにもなかった。それほどまでに緊張していたし、初めて会う「田舎の人」が怖かったのだ。
「こんにちはぁ。暑いからねえ、家ン中で麦茶入れてあげようねぇ。じいさんも楽しみに待ってたよう」
私の不安を察したのだろうか。おばあちゃんは優しく、ゆっくり、笑いながら話す。
「まあ座りなよう。いやあ、こんな若くて綺麗で洒落た女の子に会えて嬉しいよう。ありがとうねえ」
「おうおう、あんたが“コイビト”かい。おもってたよりずっと素敵なヒトじゃないか。ようこんな田舎に来てくれたなあ」
促されるまま居間に通された途端、おばあちゃんとおじいちゃんから歓迎の嵐。そのあたたかさに、私の心配や不安など無用の長物だったと気づかされた。
座るなり、ふたりから和菓子にケーキ、お菓子と、次々に手渡される。「ほれ、これも食べな、これもこれも」と。正直お腹はもう一杯だが、そんな風に気づかってくれることが嬉しくて、私は彼と一緒にペロリと食べてみせた。
もくもくと食べる彼を見る、ふたりの目が優しくて、祖父母のいない私はうらやましかった。でも、その孫に向けるものと同じ目を、私にも同じように向けてくれている。
お腹いっぱい、口いっぱいにお菓子を食べながら、嬉しいような、すこしくすぐったいような気持ちになって、少し頬が熱くなった。
夕飯の時間も祖父母のペースは変わらず、私のお腹はすでに限界を超えてしまった。
「実家に帰ると帰りの荷物が増えるし体重も増えちゃう」なんて表現を小説で見かけては、いまいち理解できていなかった。きょう、やっとわかった。あれは本当だと。
「それでね、それでね」
久しぶりの孫との再会で、食事が終わっても、おばあちゃんのおしゃべりはなかなか止まらない。おじいちゃんはそんなおばあちゃんを見て、彼を見て、私をそっと見て、笑っている。
「ばあちゃん。楽しいのはわかるけど、ちょっと待ってて。俺たちいまから行くところあるから」
彼はおばあちゃんの会話をそっと遮り、立ち上がって私の腕を軽く引いた。ちょっぴり残念そうなおばあちゃんに私は慌てて会釈をして、彼の後を追う。