田舎を持たずに大人になった私が体験した、初めての「夏休み」

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2020/08/15
image by:photoAC

玄関を出て、意外と長い時間おばあちゃんの話を聞いていたのだと気づいた。あたりはもうだいぶ暗くなっている。民家が少ないここでは、かすかな月明かりが頼りだ。しかし彼には歩き慣れた記憶…思い出があるのか、迷うことなく波音がするほうへと真っ直ぐ向かってゆく。

「どこ行くの?」

「まあまあ」

曖昧な返事で何度も彼がはぐらかす。そして5分ほど歩いただろうか、急に立ち止まった。

「ここから真っ暗になるから、足元しっかり見て歩いてね」

そういうだけあって、まさに“真っ暗”だった。繁った木々のせいか、月明かりも届かない。彼の手を掴んでさらに3分ほど進むと、パッと、視界が開ける。

目の前には砂浜が広がっている。街灯ひとつない真っ暗な海は、気を抜けば飲み込まれてしまいそうなほどの黒で、どこまでも続いていそうだった。あたりには私たちが砂浜の上を歩く音と、さざ波しか聞こえない。

「よし、この辺でいいかな。じゃあ目つぶってね」

わけもわからずいわれるがままに目をつぶると、体がフワッと浮いた。驚いて目を開けてしまった私は、息を飲む。


彼に横抱きにされた私の視界…空には、無数の星が光っていたのだ。

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「満天の星空」なんて言葉では足りないほど煌びやかに瞬いている星々。そのあまりの美しさに言葉を失う。「どう?すごいだろ?」なんておどける彼の言葉に、返すこともできなかった。

夜空という壮大すぎるキャンバスの上で、我こそが主役だといわんばかりに、いくつもの星が流れていく。幼いころ、マンションのバルコニーから見たいと強く願った流れ星は、ここにいたのか。

どれくらい星を見上げていたのだろう。気がつくと涙があふれていた。美しいものを見て、それを美しいと感じたゆえに涙が出たのは初めての経験だった。

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美しい夜空を見て、幼いころの私を取り戻したのかもしれない。その日から私は我を忘れて体が冷えるまで海で遊んで、縁側でお昼寝しておばあちゃんにタオルケットをかけてもらって、虫に怯えているのを笑われて、朝日に、夕日に、星空に心動かされて、真っ黒に日焼けして。そうして、私の夏休みは終わりを告げた。

夏休みが終わってほしくないとおもったのは、初めてのことだった。

あの夏、星は普段見ている以上に、空の上ではいつでも輝いていることを知った。朝と昼、夜、時間によって海の色や香りや音、表情が変わること。虫は思ったより怖くなかったこと。そして、人との触れ合いは温かいことを、私は知った。

幼いとき、夏休みはいつも一人ぼっちで好きになれなかった。大人になってもそれが良い思い出とはいえなかった。たぶんずっと、寂しかったのだ。

でもいまは違う。初めての田舎でたくさんのことを知って、気づいた私は、あのころの夏休みも、そして寂しかった幼い私自身も、大切にしてあげられる気がしていた。

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  • ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
  • ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。
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フリーランスのライター・インタビュアー

大学卒業後、勢いでフリーランスとして独立。ウェブメディアを中心に、インタビューやイベントレポート、小説・エッセイ連載など様々な媒体で執筆、脚本を行っています。小説をエンタメだけでなく情報を伝える手段にするべく、日々奮闘中。
その人や商品、企業の魅力を、私の文章でより多くの方々に伝えたい気持ちを胸に日々活動しています。

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