安さを超えた魅力がある。のんびり「深夜高速バス旅」のススメ
寝て起きたら目的地。乗り過ごしが少ないのが魅力
──そんな高速バスですが、私はいつもリクライニングに悩むんです。狭い車内でシートを倒すと、後部に座る人の迷惑になるのではないかと。
スズキナオ
「座席を倒すか倒さないかって、トラブルの原因になりがちですよね。ある会社のバスは、消灯前に『皆さん、一斉にリクライニングしてください』とアナウンスがあります。乗客全員が初めからシートを倒すという。あれは不平が出なくていいですね」
──それは嬉しいサービスですね。あと、「眠れなかったら、どうしよう」という不安があります。深夜高速バスは乗車中に眼が冴えてしまうと、本を読もうにもライトをつけがたいし、音楽を聴きたくても音漏れが心配で。逃げ場がない気がします。
スズキナオ
「僕はバスが体質に合っているのか、長距離もわりと平気で、大阪から山形まで乗る場合もあります。そして乗るとすぐに眠ってしまい、到着するまで起きない場合がほとんどなんです。むしろバスに揺られている状態の方が熟睡できるようにすらなりました。サービスエリアでの休憩時間がきても気がつかないほど。目的地が終着地点だと寝過ごす失敗がないのがありがたいです。乗って降りるまで安心して眠れるのが高速バス旅の魅力のひとつだと思います」
──ということは、スズキさんは他の交通機関だと乗り過ごす場合があるのですか。
スズキナオ
「実は、電車はよく寝過ごすんです。東京に住んでいたころは、酒に酔って降りるべき駅を乗り過ごしてしまい、終電なのに奥多摩の方へ行ってしまった経験が何度かあるんです。終着駅を出るとコンビニすらなくて。冬だったから身体が冷え切ってしまって。始発まで、ひたすら歩いて身体を温めていました」
──もしも冬に終着駅の外で酔って眠ってしまったら、命にかかわりますね。
高速バスは修業の場。「自分を見つめなおす」絶好の機会
──電車で寝過ごした経験が多々あるスズキさんは、バスでは、始めから眠れたのですか。
スズキナオ
「いいえ、乗り始めのころはさすがに馴れていなくて、途中で目が醒めてしまいました。仕方がなく、仕事のスケジュールについて頭のなかで整理していたのですが、1時間足らずで考えることがなくなってしまって。なので、そういうときは自分が生まれた日から今日までを順番に思い出すんです」
──ええ!生まれた日にまで記憶を遡るんですか。
スズキナオ
「はい。それでも時間が余ったら、最後は地球が生まれた日にまで思い巡らせるんです。鍾乳洞が誕生する様子などを想像しながら。そこまで深く何かを考える時間って、普段はなかなかないと思うんです。この時間は貴重ですよ」
──そうですよね。日ごろはそこまで深く自分を見つめる時間ってないですものね。自分をかえりみる機会を得るためにバスに乗るのはいいかも。スズキさんにとって高速バスは、どのような存在ですか。
スズキナオ
「ひと言でいうならば、修業の場です」
──修業の場!ですか。
スズキナオ
「僕がいつも利用する格安な深夜高速バスって“気の遣いあい”なんです。知らない人と肘が当たる距離に座っていて、隣の人がいびきをかくかもしれないし、自分がかくかもしれない。車中の人に迷惑をかけないように配慮しつつ、他人には寛大でいようとする。そのように、快適に過ごすための工夫を自分でしなければならない。高速バスを利用することで公衆マナーが向上する部分は、あるかもしれない」
──なんと、高速バスは人間力をも育むんですね。