なぜ名古屋に多いのか?公園の「富士山すべり台」を調べまくったサラリーマン

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2021/05/26

20年ぶりに誕生。令和生まれの富士山すべり台

―名古屋生まれだと知られだしたのはきっと牛田さんの努力のたまものですよ。

牛田さんが研究に力を尽くし、「富士山すべり台は名古屋に集中していますよ」と伝えたおかげで名古屋の新たな名物と認識されはじめたのでは。

牛田:そうだと嬉しいです。たとえばこの榎津(よのきづ)公園にあるプレイマウント型の富士山すべり台は2019(令和元)年に誕生したんです。コンクリート製の新しい富士山すべり台が誕生したのは20年ぶりなんですよ。

令和元年に誕生した最新の富士山すべり台。名古屋市中川区「榎津公園」image by:吉村智樹

―20年ぶりの新山誕生ですか。行政側に「富士山すべり台は名古屋の誇り」という気持ちが新たに芽生えないと、新作は生まれないですよね。

牛田:そうですよね。富士山すべり台に限らず、コンクリート製遊具の新作が登場する事例自体、まれなんです。

昭和50年代にフィールドアスレチックブームが到来して以来、木製遊具が公園のトレンドになりました。さらに平成に入ってからは強化プラスチックなどさまざまな素材を組み合わせた「コンビネーション遊具」が主流になりましたから。

―コンクリート製の遊具は、すたれていたのですか。

牛田:コンクリート製遊具の造成は専門性が高いうえに継承者が少なく、新たには造られなくなっていっていたんです。

この新作の富士山すべり台も「研ぎ出し」(コンクリートを硬化させ研磨する技術)ができる左官屋さんをわざわざ福井県から呼んで仕上げたそうです。


公園遊具を得意とする左官職人をわざわざ福井県から招いて造ったという、気合いが入った作品だ。image by:吉村智樹

―そう聞けば、なおさら貴重なすべり台ですね。新しい富士山すべり台が誕生すると聞いて、どう思われましたか。

牛田:いやぁもう、びっくりですよ。職場の同僚が「富士山すべり台らしきものを造っている公園があるよ」って教えてくれたんです。正直、令和に入って新作ができるなんてあきらめていました。なので自分の目で確かめるまでは「まさか」と疑っていたんです。

それだけに工事現場を見て感激しましたね。なにより造りかけの状態をカメラで記録できたのが、ありがたかったです。

「中身がこうなっているのか」と。この本にも造成過程の貴重な画像をたくさん載せられました。本づくりの当初は想定していなかった、嬉しい誤算です。

運よく、すべり台の造成中に発見。完成までの過程をカメラで追うことができた。富士山すべり台を追い続けた牛田さんも建設現場に立ち会ったのは初。image by:牛田吉幸

―新しいすべり台が完成するまでの日々を追ったドキュメントのページは感動しました。「富士山すべり台には未来があるな」って。

新作が載っているのといないのとでは、きっと本の印象が異なりましたよね。

牛田:そうなんです。いいタイミングでした。「レトロなものを探している」と誤解される場合が多いので、本をつくっている途中に新作が現れたのは、よかったです。富士山すべり台の魅力は懐かしさだけではない。令和でも楽しめるものですから。

―懐かしいものではなく、現在進行形なんですね。しかも完成品は、安全面を考慮して傾斜角度がゆるやかに改められていたり、頂上に立って近隣住居を覗き見できないよう標高が低くなっていたり、ちゃんと「令和Ver.」設計になっていますね。世知辛いといえば世知辛いですが。

牛田:「時代だな」って思うけれど、元のかたちのよさを活かしつつ、昨今の風潮をからめてうまく調整していて、いい出来だと思います。いまの時代に富士山すべり台の新作を実現させた名古屋市は偉いですよ。

コンクリート遊具は時間も手間もかかるからあきらめよう、ではなく「でも、造ってみよう」と。そういうところが「やっぱり名古屋は、おもしろい街だな」と感じます。

「まさか、令和に新作に出会えるとは思わなかった」と語る牛田さん。牛田さんの日ごろの研究が市職員のハートに火をつけたのかも。image by:吉村智樹

「当たり前」すぎて誰も振り向かなかった不遇の名峰

―最後に、牛田さんはどうしてそんなに「富士山すべり台」がお好きなんですか。

牛田:この本を出すまで、ずっと「なぜ自分は富士山すべり台が好きなのか」をうまく言葉にできませんでした。けれども最近になってようやく「当たり前にあるものだから」じゃないかなって気がついたんです。

とてもシンボリックな遊具が街のいたるところにあって、それなのに誰も関心を抱かない。誰の目にも見えているのに、誰もちゃんと見ていない。富士山が当たり前の風景になっていて、なぜそこにあるのかに誰も興味を持たない

私はそこに不思議なロマンを感じたんです。それで「作者を知りたい」と、関係者を取材し始めました。

「こんなにシンボリックなものが街にあるのに、誰も興味を示さなかった。そこに不思議なロマンを感じた」、それが富士山すべり台に惹かれた理由だという。image by:吉村智樹

―この本には「富士山すべり台の作者」といえる造成に関わった人たちも、たくさん登場しますね。

皆さん「自分が造った山で子どもたちが遊んでいる姿を見ると苦労が報われる」とおっしゃっていて、じーんときました。お孫さんと一緒に遊んだ方もおられましたね。

牛田:施工した人たちにスポットライトをあてたかったんです。公園遊具には作者がいる、それを伝えたかったですね。

―「当たり前にあるもの」を造るために頭をひねり、汗を流した人たちがいる。そう聞くと、ますます富士山すべり台が愛おしくなります。

牛田:富士山すべり台は時代遅れかもしれない。けれども造りが丈夫なので意外としぶといんです。昭和区吹上公園にある富士山すべり台の第1号をはじめ、昭和40年代に造られたすべり台の多くが残存しています。

なので「親子3代で遊んだ」なんて例も現れ始めている。見た目は少々汚れてはいますが、永年にわたり子どもたちを笑顔にした歴史があって、味がありますよ。改めて「富士山すべり台、いいな」と思うんです。

最新の富士山すべり台の頂上でくつろぐ牛田さん。image by:吉村智樹

いつも何気なく通り過ぎてしまう公園。そこにある建造物には、それぞれに作者がいる。公園だけではなく、街のすべてのものに敬うべき人たちがいる。「名古屋の富士山すべり台」は、楽しい公園遊具ガイドに終わらず、感謝の気持ちに目覚めさせてくれる一冊です。

散歩しながら、ご近所の公園をめぐってみませんか。そこには牛田さんもまだ知らない富士山が、後光をさしながらそびえているかもしれません。

『名古屋の富士山すべり台』

ナゴヤ独自の公園遊具”公園の富士山”の全貌を解明!50年以上前につくられた第1号から令和最新モデルまで、その魅力を余すところなく紹介。名古屋市内・市外120カ所以上を紹介!

  • 『名古屋の富士山すべり台』
  • 1,320円(税込)
  • 詳細ページ
  • 著 牛田吉幸/編 大竹敏之
  • image by:牛田吉幸(名古屋市中川区「昭和橋公園」)
  • ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。
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京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版VOW三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)『京都浪漫』(KB京都/BS11)『おとなの秘密基地』(テレビ愛知)に参加。まぐまぐにて「まぬけもの中毒」というメールマガジンをほぼ日刊で発行している(購読無料)。

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