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長岡京“光る泥だんご”作りで話題沸騰!伝統技術「左官」の面白さ

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2021/08/04

皆さんは「左官」と聞いて、どんなイメージをお持ちですか?建物の壁を塗っている人?大工や鳶職は知っているけど、左官についてちゃんと知っている人って、大人でも実は少ないのではないでしょうか?

そんな今、京都府長岡京市で、“光る泥だんご”という斬新なアイディアで、左官という仕事の面白さを発信している左官職人がいると聞き、KYOTOSIDE編集部は早速その工房を訪ねてみました。

左官ってどんなお仕事?

今回お話を伺ったのは、長岡京市にある「京都ぬりかべ屋 三谷左官店」のご主人・三谷涼(みたに りょう)さん。左官歴25年以上の職人さんと聞き、お会いするまでは少し怖い職人さんを想像していましたが、お会いすると茶目っ気たっぷりの、とっても気さくなかたでした。

三谷さんの工房には、日本各地のさまざまな土や砂、藁などの自然素材、カラフルな顔料の瓶がずらりと並び、まるで理科の実験室のよう。見ているだけでちょっとテンションが上がりました。

普段、ここではお客さんとのヒアリングや商談を行っており、実演をまじえながらお客さんと話をしているそうですよ。

早速、三谷さんに左官のお仕事について伺ったところ、このように答えてくれました。

「左官とは、鏝(こて)を使って壁や床などを塗り、仕上げていくお仕事です。」

左官が塗る壁というと、お城や神社仏閣、日本家屋の土壁を思い浮かべますが、たとえば公園のすべり台や水飲み場、遊歩道、レストランやマンションなど、現代に生きるわたしたちの暮らしの身近なところにも、実は左官の技術が光っているんですね。

左官という名前の由来には諸説あり、大工を右官・壁塗り職人を左官と呼んでいたという説や、平安時代にあった宮中の建築を司った木工寮(もくりょう)の階級「属(そうかん)」がなまったという説(有力と言われています)があります。


遡れば、縄文時代の竪穴式住居でも土を積み上げて壁を作っており、長い歴史を積み重ねて今に至っています。

昨年(2020年)、ユネスコ無形文化遺産に「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」が登録されましたが、この中に「左官(日本壁)」が含まれており、未来に残していきたい伝統技術として世界的にも認められました。

ここがスゴイ!左官のお仕事

左官職人は、土や砂を藁などの自然繊維と組み合わせて練り上げた自然素材で壁を塗っていきます。代表な仕上げとして「漆喰(しっくい)※」や「珪藻土(けいそうど)※」など、耳にしたことがあるのではないでしょうか。

※漆喰…石灰を主成分とした材料で、防菌・防カビ・調湿効果が高く機能性に優れています。
※珪藻土…珪藻の殻の化石を原料にして作られた素材で、部屋の湿度を適度に調節し、年間通じて快適に過ごせます。

ほかにもたくさんありますが、左官が作る壁は、わたしたちが快適で健康な生活を送る上で、とても重要な壁なんです。

どんな素材を、どのように組み合わせて作り上げていくか、膨大な知識量と優れた塗りの技術があってこその左官です。

春夏秋冬、気候や気温、場所や場面、水の入れ方、塗り方は現場によってバラバラです。それらをすべて頭の中に入れ、考え、長期に渡って現場で作業を行います。壁だけでなく、床ももちろん仕上げていくことができますよ。

左上)土を練っている様子、左下)塗る際は鏝や刷毛などを使う。写真は練習台のもの。右)子どもたちに教える時に使用している、壁が出来るまでの見本

ここで素朴な疑問。そもそも、壁はどのようにして作られていくのでしょう。全然知識のないわたしたちに、三谷さんはまず基本的な日本家屋の壁の構造を教えてくださいました。

壁はまず竹を編むところから始まります(現代では石膏ボードを使用するそうです)。次に、「荒壁(あらかべ)」という土を塗り、何カ月かかけて乾燥させてから、その間に練った土を薄く塗っては乾かすことを数回繰り返していきます。

最終的に「漆喰(しっくい)」と呼ばれる白い壁になります。日本家屋の場合、家の大きさにもよりますが、通常この工程に1年かかるそうです。すぐに完成するものではない、時間と見極める目が必要な作業なのだということがわかりました。

国宝「待庵」レプリカ/大山崎町歴史資料館

ここでひとつ豆知識。京都の左官は全国的にも有名で、特に茶室の左官の発祥は京都だそうです。

京都府大山崎町にある日本最古の茶室「待庵」(国宝)に使われている土壁は現在、藁がたくさんでているのだそうです。藁は壁を塗ってすぐに出るものではありません。何十年、何百年後に出てくる表現の仕方が茶室が造られた時に施されていたそうで、後世に残るような仕上がりになっているそうです。

また、“わび・さび”が生まれたのも茶室です。だからこそ茶室には土壁を施し、先を見据えた上での見せ方をするそうです。

土壁に古釘の煮出し汁や鉄くず、醤油に漬け込んだ鉄粉・鉄屑を土に混ぜたものなどを入れ、経年劣化とともに(砂の鉄分が全部浮き上がり、茶色か黒になる)、照明をあてた時に蛍が飛んでいるかのような演出となる「蛍壁(ほたるかべ)」といった見せ方もあるのだそうですよ。左官のお仕事ってなんだかとてもロマンチックですね。

左官が使う道具といえば「鏝(こて)」です。見せていただいたところ、三谷さんはなんと1,000種類以上の鏝を所持しているそうです。鏝ひとつひとつに意味があり、鉄の材質や、厚みなどすべて違うもので、何の材料を塗るのか、どこを塗るのかで使用するものが違ってくるそうですよ。

プロの左官職人が使う鏝はそのほとんどが鍛冶職人による一点もの。“良い鏝だから良いものが作れる”というよりは、使い慣れた鏝であることが大事。すなわち技術が重要で、自分の技量に合わせた鏝を使って、その鏝でしか出せない色や風合いを表現するのだそうです。

三谷さんの左官ヒストリー

三谷さんになぜ左官職人になったのか、そのキッカケをお伺いしました。

小学校3年生のときに、実家の向かいが竹から編む昔ながらの土壁の日本家屋を新築中で、三谷少年は家が建つまでを自分の部屋からずっと眺めていたそうです。

その中で、左官屋さんが入って土を塗る姿がものすごく格好良く見えたそう。周りが戦隊ヒーローに夢中になっている年代に、三谷少年は左官に夢中で、左官のおじさんたちと一緒に壁を塗るお手伝いをしていたと言います。

「鏝が日本刀を振っているように見えたんですね。格好良くて、こういうおっさんになりたいと思いました。」

この出来事がキッカケとなり、中学を卒業してから親戚が営んでいた左官屋さんに就職します。そこで3年ほど弟子として修業したあと、当時京都で1番厳しいと言われていた左官屋さんへ新たに弟子入りします。

弟子時代は、掃除、道具洗い、材料の練り、師匠の仕事の準備などの下積み生活がほとんど。壁を塗らせてもらえることはなく、師匠の技を見て学び、それを自分の形にしていくことの繰り返しだったそう。

平均10年ほどだという弟子時代ですが、三谷さんはおよそ23年、弟子として技を学び、自分の表現と向き合えるようになってからようやく独立したそうです。

「今でもまだまだです。満足してしまってはいかんのですよ、常に上を見ています。」

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