砂漠に突如現れる奇妙なオブジェ。アメリカ「サルベーション・マウンテン」

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2024/01/12

アメリカ・カリフォルニア州の東側に広がる砂漠地帯の一角に「サルベーション・マウンテン(Salvation Mountain)」と呼ばれる奇妙な場所があります。

丘の斜面にカラフルな色彩で描かれた「神は愛である」のメッセージ。横幅は100mくらい、高さは3階建てのビルくらいはありそうです。

荒野を目指した青年が砂漠で出会った祈りの芸術

サルベーション・マウンテン image by:角谷剛

「サルベーション・マウンテン」は、レナード・ナイトというたったひとりの人物によって作られた巨大な芸術作品です。「サルベーション」とはキリスト教の教理で”原罪からの救済”を意味します。

ナイト氏が用いた原材料はレンガ、藁、電柱、タイヤ、自動車の部品、窓ガラス、そして大量の塗料です。1984年に制作を開始したものの、最初の作品は1989年に暴風雨のために崩壊。現在私たちが見ることができるのは2代目の作品です。

サルベーション・マウンテンの名が広く世間に知られるようになったきっかけは、2007年公開の映画『荒野へ』(原題:Into the Wild)でした。

ナイト氏は本人役でこの映画に出演しています。このころは70歳を越えていたはずです。痩せて背が高く、まるで子どものようにキラキラと輝く瞳が印象的な老人です。

放浪の末にアラスカで死んだ青年

左:『荒野へ』原作/右:映画DVDカバー image by:角谷剛

『荒野へ』の原作は、作家であり登山家のジョン・クラカワー氏によるノンフィクション作品。主人公の“アレックス・スーパートランプ”ことクリス・マッキャンドレスは実在した人物です。

1990年から1992年まで北米大陸を放浪した末、1992年8月にアラスカの森林で死体となって発見されました。享年わずかに24歳でした。

『荒野へ』は多くの人に衝撃と困惑を与えました。裕福な家庭で育ち、名門大学を優秀な成績で卒業したばかりの青年が、何もかも捨てて放浪の旅に出るからです。何もかもとは比喩ではありません。


青年は旅立つ前に学資預金の残り全額を慈善団体に寄付し、身分証明書を切り捨て、本名とは似ても似つかない別の名前を名乗ります。

自動車が故障するとナンバープレートを外して砂漠に放置し、その時点で持っていた紙幣すらすべて焼き捨て、それからはヒッチハイクや貨物列車の無賃乗車で旅を続けました。

劇中で使用された大道具「マジック・バス」image by:Olga Khrustaleva/Shutterstock.com

誰も自分を知らない土地を旅してみたい、あるいは別の人間になりたいという願望に駆られるのは珍しいことではありません。若い人ならなおさらでしょう。

しかし、この青年がこれほどまでに徹底して逃れようとしたものが一体何だったのかは最後までよくわからないままです。

青年は単独行動を好みましたが、決して他人に非寛容な性格ではありませんでした。

放浪者、農場主、トラック運転手、独居老人、マクドナルドのバイト仲間まで、旅先でさまざまな人たちに出会い、そして好ましい印象と記憶を残しているのです。

image by:Shutterstock.com

青年が彼らに送った数多くの手紙やポストカード、そして3人称で書かれた日記がクラカワー氏の作品内で紹介されています。

そう、1990年代初めとは人々がまだeメールやSNSを日常のコミュニケーションに使い始めていなかった時代なのです。

しかし、旅に出てから死ぬまでの2年間、青年はなぜか自分の両親と仲の良かった妹には、一切の連絡を絶ちました。家族のだれも、青年の行方も安否もわからないままでした。

原作に書かれなかったサルベーション・マウンテンでの出会い

スラブ・シティ image by:角谷剛

原作には青年がサルベーション・マウンテンへ行ったという記述はありません。

映画版で青年がナイト氏と会話するシーンは監督と脚本を務めたショーン・ペン氏の創作のようです。しかし、実際にそのようなできごとはあったかもしれません。

サルベーション・マウンテンがある場所は、ソノラ砂漠のソルトン・トラフ地域にある「スラブ・シティ(Slab City)」。あるいは「ザ・スラブ」とも呼ばれ、当時も現在も放浪者たちが集まる砂漠のなかのコミューンです。

image by:Gerald Peplow/Shutterstock.com

行政上の自治体はなく、従って、水道も電気も通っていません。住民の多くは置き捨てられたキャンピングカーやバスに無許可で住み、ナイト氏もそのひとりでした。

青年はヒッチハイクで出会ったヒッピーの夫婦を頼り、このスラブ・シティにしばらく滞在していました。サルベーション・マウンテンに足を運んでいたと考えるのが自然です。

そして、そこではナイト氏との出会いがあったはずなのです。ナイト氏はサルベーション・マウンテンを訪れるすべての人を無料で案内することで知られていました。

レナード・ナイト氏が寝泊まりしていたトラック image by:角谷剛

映画では青年とそのとき一緒だった少女にナイト氏が語りかけます。

「あなたは本当に愛を信じているのですか」と問う青年に、「神は私たちをとても愛しているのだよ」と答えるナイト氏。

劇中のそんな会話が本当に2人の間で交わされたかどうかは今ではわかりません。青年はまもなくアラスカで亡くなりますし、ナイト氏も2014年に亡くなったからです。クラカワー氏は青年を知る多くの人を訪ねて話を聞いていますが、このときの少女を見つけることはできなかったようです。

その後、青年は食料をほとんど持たずにアラスカの森林に入り、狩猟と採集のみで生き延びようと試みました。そこでいくつかの致命的な失敗を冒し、約4カ月後に衰弱死したと思われています。

母親が作った寝袋に身を包み、「僕は幸せな人生を送りました。主に感謝します。さようなら。神が皆を祝福してくださいますように」というメッセージが残されていました。


現在のサルベーション・マウンテン

サルベーション・マウンテン入口 image by:角谷剛

ナイト氏の死後、サルベーション・マウンテンはボランティア団体によって維持管理されています。毎日多くの観光客が訪れる人気スポットです。

image by:Jose Gil/Shutterstock.com

入場は無料。作品保護のための寄付を募る箱が設置されています。

ロサンゼルスとサンディエゴのどちらからも車で2~3時間くらいの距離にあります。公共交通機関は皆無なので車で行くしかないのですが、団体旅行の日帰りツアーに参加する方法もあります。

ジョシュア・ツリー国立公園やパーム・スプリングスに向かうツアーの立ち寄り先になっていることが多いようです。

  • image by:Unsplash
  • ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。
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角谷剛(かくたに・ごう) アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大谷翔平を語らないで語る2018年のメジャーリーグ Kindle版』、『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。

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