ムーミン谷を走る「いすみ鉄道」が、いま中高齢旅行客にウケるわけ
いすみ鉄道を核に、地域ぐるみで育んだ強い絆
千葉県は首都圏に属しますが、とくに鉄道網やバス路線の少ない外房側の東南部は家族の人数分だけ車があるような車社会です。いすみ鉄道沿線のいすみ市や大多喜町も典型で、朝夕の通学客や高齢者を除けば、鉄道の日常的ヘビーユーザーはあまりいません。
でも地域の人々の多くが、いすみ鉄道が地域になくてはならない存在と考え、支持しています。例えば「いすみ鉄道応援団」という市民グループは、2009年にいすみ鉄道がムーミン列車の運行を決めたのを契機に誕生した、いすみ鉄道の利用促進と地域活性化をボランティアで図る任意団体です。いすみ市民を中心に、県外のいすみ鉄道ファンなど100名以上の会員が在籍。
地元の人々が手作りした、駅舎や沿線を飾るムーミン・ファミリーやムーミン谷関連の人形・彫刻などの維持・保全、駅舎の清掃や花壇づくり、駅弁販売、イルミネーション事業、各種イベント参加を通じたPR活動、ムーミンショップのある《風そよぐ谷の国吉駅》での餅つき大会開催など、いすみ鉄道の盛り上げを核に、過疎化が進む地域の活性化を目指しています。
いすみ鉄道を不可欠な地域の足とする沿線の中高生たちによる活動は、いすみ鉄道応援団の誕生以前から盛んでした。
デンタルサポート大多喜駅を利用する大多喜高校に生徒会活動としての「いすみ鉄道対策委員会」があるように、沿線4中学・2高校は長年、旧国鉄木原線時代も含めたいすみ鉄道の存続に向けた各種の活性化活動を行ってきました。
それは駅の清掃活動、ホームの花壇づくり、車内の窓ふき、沿線の菜の花の種まきなど、地道だけどとても根気のいる活動ばかりです。
中でも大多喜高校生徒たちのいすみ鉄道支援活動の輪は、いすみ鉄道対策委員会の活動にとどまりません。観光企画列車「マンドリン・ギター列車」運行時にはマンドリン・ギター部員が演奏するなど、部や生徒会単位で随時活動し、その模様は彼らが編集する活動情報紙「いすみ鉄道関連ニュース」で発信されています。
さらに沿線の街を歩けば、ムーミン列車やキハ型の車両をかたどったカラーリングがされ、いすみ鉄道を応援する内容の各種標語が書かれた飲料自販機があちこちに配置されています。
文房具屋のベランダからは「ミー」の人形が顔をのぞかせ手を振っています。喫茶店ではムーミン・ファミリーの手てづくりぬいぐるみが客を迎えてくれます。沿線の街々の「ムーミン谷」気分は、こうした地域の人々の自主参加による、地域ぐるみの取り組みによっても生み出されているのです。
またいすみ市では、ふるさと納税の寄付申し込みをした人への御礼の品にプレミアム感あふれる「いすみ鉄道特別乗車券(大原~国吉間)」を付けて、大好評を得ています。
いすみ鉄道が運転士公募の際に発行する「自社養成列車乗務員募集要項」の表紙には、必ず『いすみ鉄道で職業を通じて自己実現のチャンス!』というキャッチフレーズが書かれています。
実例を一つずつ挙げていけばキリがありません。地域の人々、企業、行政が垣根を越え、いすみ鉄道という地域資源の維持・発展への試みを核に、それぞれができることを、手を携えながら多角的に行っている活動は、まさに地域活性化を目標とする「地域(コミュニティ)による自己実現」のための運動といえるのではないでしょうか。
※参考資料――『ローカル線で地域を元気にする方法』(鳥塚亮・晶文社)、『いすみ鉄道公募社長』(鳥塚亮・講談社)、『いすみ鉄道関連ニュース』(千葉県立大多喜高校生徒会・いすみ鉄道対策委員会編)、『ローカル線 もうひとつの世界』
(森彰英・北辰堂出版)他
- image by:未知草ニハチロー
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