田舎を持たずに大人になった私が体験した、初めての「夏休み」
遠くに聞こえる波の音、抜けるように青く晴れた空、頬を撫でる優しい夏風、飲み込まれそうなほど赤い夕暮れ、線香花火が弾ける匂いと音、そして息を飲むほど美しい満天の星空。
大阪のど真ん中で生まれ育った私の夏といえば、クーラーの効いた部屋で過ごすのが普通で、マンションの上層階には蚊さえほとんどいない。
両親は共働きでほとんど家にいなかったし、祖父母は私が生まれる前に他界していたため、田舎に帰省するといった類の楽しみは経験してこなかった。
夏休みの宿題の絵日記は、毎年なにを書けば良いのか、困っていた記憶がある。夏休みが終わってから学校に行って、真っ黒に日焼けした友人たちが少しだけうらやましいと思ったこともあった。
だから私は夏があまり好きでなかった。特に夏休みは、きらいだった。友だちも遠くに出かけている。両親は家におらず、幼い私はジッとマンガや本を読む。夜が少し怖くて早めに電気をつけて、うっすら見えた止まるだけの星に、両親が早く帰ってくるように願っていた。
そんな私にとって、この夏が、はじめての「夏休み」になった。
大人になって体験した、初めての「夏休み」
「俺と一緒に、夏休みしに行こっか」
お盆休みの2週間ほど前、会社が休みの土曜日。彼が唐突にいった。
「夏休みなら、もう少しでお盆休みがあるじゃん。4連休だっけ?」
彼の言葉の意味がわからない。涼しく快適な部屋で飲むホットコーヒーとスマホゲームに気を取られて、適当な返事をする。
「ちがうって!俺が、本当の夏休みを教えてあげる」
その声があまりにも真剣で、私は思わず彼を見た。その瞳は、まるで少年のようにキラキラとしている。目を離した隙にスマホゲームはにぎやかな音を立て、次の場面が勝手にスタートした。
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