鳩は幸せを運ぶ鳥…一羽の鳩との数奇な絆が生んだ「ハトのニオイのコーヒー」
「ハトのニオイがするコーヒー」が飲める店がある
「鳩グッズや鳩時計がわんさかある、鳩好きにはたまらない喫茶店が存在する」。そんな情報を耳にしました。なんでも鳩にまつわる軽食メニューも豊富で、極めつけに「ハトのニオイのコーヒー」まであるのだそうです。鳩のニオイがするコーヒー……果たしておいしいのでしょうか。不安な気持ちを抑えつつ、2024年の今年、めでたく「10周年を迎えた」というウワサの喫茶店へ、レース鳩の勢いで飛んでいきました。
鳩グッズが所せましと並ぶ店内
今回、私が鳥ップしたのは名古屋の西区。名古屋城の北西に位置する場所に目指すお店、「珈琲と鳩時計の店 ロンドベル」があります。
ドアを開けると、こ、これはすごい! 壁、ソファ、ラック、至るところに息をのむほどの量の鳩グッズが満載なのです。
鳩のぬいぐるみ、オブジェ、ポストカード、写真集などなど多種多彩。カウンターテーブルに至っては鳩グッズに占拠され、2席しか座れる場所が残っていません。目算で「総数3,000は超えているな」という印象です。鳩が多くいる神社の境内でも、これほどのたくさんの鳩に囲まれることはないでしょう。
「たまたま前を通りかかって入ってきたお客さんが、ドアを開けるなり驚いて、『ここ本当に喫茶店ですか?』『ここで本当にコーヒーが飲めるんですか?』とおっしゃいます」
マスターで焙煎士の鳩村ひろしさんは、そう語ります。予備知識なしで入店したお客さんは、やはり皆一様に鳩が豆鉄砲を食らった表情になるようです。
あ、ちなみにマスターの「鳩村ひろし」という名前はもちろん本名ではなく、言わば鳥人(とりじん)ネーム。
鳩時計はすべて「購入可」
奥の壁には鳩時計がズラリ。鳩時計がこれほどたくさん一堂に会している光景は初めて見ました。
鳩村「時刻はそれぞれ、わざと正確には設定せず、まちまちにずらしているんです。そのため、鳩が飛び出す様子を頻繁にお楽しみいただけます」
掛けられた鳩時計は、単に「ぽっぽー♪」と鳩が飛び出すだけではなく、時計に設けられたステージで人々が踊りだすなど、どれも仕掛けが凝っていて楽しいです。鳩時計はオート・マタ(からくり人形)の要素もある、技術の粋を集めた美術工芸品なのですね。
いやぁ、鳩時計をこんなに間近でじっくり見た経験はなかったな。鳩時計は時計なのに時計店でもめったに売られていませんしね。「すべて購入可」なのも、欲しい方には朗報でしょう。
コーヒーの品揃えは驚異の50種類強
鳩グッズだけではなくコーヒーの種類も膨大です。すべて鳩村さんご本人が焙煎したオリジナルの逸品。しかも「ご希望の方には煎りたてを提供しています」とのこと。注文すると目の前でフレッシュな生豆を「ライブ焙煎」をしていただけるのですから、たまりません。コーヒー豆がポップに弾けながら舞い、こんがりローストされ、うっとりするほどかんばしい香りがたちのぼります。
鳩村「開店当時は20種類くらいだったんですが、凝り性なもので、『これとこれの間の味を作ろう』と挑んでしまうんです。だから50種類を超えてしまいました。これから、まだまだ種類が増えるでしょうね」
ネーミングも凝っており、なかには「暁のほうき星」「ゆめいろチェイサー」「天使の絵具」「梢のコンサート」など、商品名だけでは味が想像つかないコーヒーもあるのです。
鳩村「アニメが好きなので、ネーミングはアニメからヒントを得る場合が多いです。そもそも店名の『ロンドベル』も、ね。わかる人にはわかっていただけると思います」
取材中も珈琲豆だけを購入しにくるお客さんが後を絶たず、「コーヒーの名店」としても名を馳せているロンドベル。コーヒー通たちをうならせ、「鳩好きだけにいい思いはさせませんよ」と言いたくなるお店なのです。
「アオバトライス」に「ポッポケーキ」
軽食メニューもバラエティに富んでいます。一番人気は懐かしい固めの手作りプリン(単品500円/税込)。ほか、ドライカレーの本体にハンバーグで羽をつけた「アオバトライス」(1300円/税込)、ラテアート、ホットケーキならぬ「ポッポケーキ」など、ここでも鳩が大活躍。おいしい喫茶メニューの数々にあなたもハト派になっちゃうこと請け合いです。
では、いったいなぜ「コーヒーがバツグンにおいしい」&「鳩でいっぱい」という世にも珍しいペアリングのお店が誕生したのか。そこには、鳩村さんと幼い鳩との「ある出会い」があったのでした。
どんな仕事に就いてもなぜかコーヒーと縁がある
鳩村さんがコーヒーに関心をいだくようになったのは、長野県の大学へ進学し、ショッピングモールでアルバイトをしていた頃。自分が働く場所の真正面に「コーヒー豆と日本茶を販売する店」があったのだそうです。
鳩村「バイトをしながら、『コーヒーっていろんな銘柄があって、おもしろいな』と、毎日その風景を眺めていたんです。お茶も売っていたのですが、なぜかコーヒーだけが気になっていましたね」
その後、出身地の愛知県へ戻った鳩村さん。引っ越し先でアルバイト先を探していところ偶然、同じ業態の店を発見。「あ、ここだ!」と飛び込んだのが1995年の秋。この日をきっかけに鳩村さんのコーヒー人生が始まりました。
鳩村「これまで、コーヒー豆の販売、カフェ、喫茶店、漫画喫茶、アルバイト、正社員、セルフサービスの店、フルサービスの店、繁華街の店、郊外の店、いろんな場所でいろんな仕事をしてきました。不思議と、どの仕事も、なにかしらコーヒーが絡んでいるんです」
傷ついた鳩のヒナとの出会いが人生を変えた
そうして2003年から自家焙煎の店を任され、焙煎士として腕を磨くようになった鳩村さん。同じ年のある日、店の前に一羽の鳥がうずくまっているのを発見します。それが、鳩のヒナでした。
鳩村「生後一か月も経っていなかったんじゃないかな。まだ産毛が残っているヒナでした。羽根をケガしていて飛べないし、歩くのも困難。自分で餌をとるのは無理という状態だったのです。車道に面した店だったから自動車がびゅんびゅん走っているし、野良猫も多い地域でした。『このままにしておくとこの子の命がないぞ』と思い、その場で手当てをしたんです」
野生の鳩を飼う行為は禁じられていますが、さりとてこのまま見殺しにはできない。傷が癒えるまで見守ろうと、鳩村さんは関係各所へ連絡をし、安全な場所へ移して面倒をみることにしたのです。
鳩村「そうして看病して、ケガが治ったので、もと居た場所へ戻しました。あれから21年が経ったんですね」
鳩の名前は「手当をしている最中は特につけていなかった」という鳩村さん。この空の下、どこかでたくましく育っていてほしいという想いから、翌年から日本で放送を開始したアメリカの連続ドラマ『24 -TWENTY FOUR-』の登場人物ジャック・バウアーになぞらえ、「ピジョン・バウアー」と命名。さらに代表“鳥”締役シャチョーの役職を授けたのです。
鳩村さんの手当てによって回復したピジョン・バウアー。そもそも鳩村さんはそれまで鳩がお好きだったのでしょうか。
鳩村「いやぁ、鳩に限らず、鳥そのものへの関心が薄かったですね。家で文鳥を飼うなどの経験も一度もないです。強いて言えば、小学生の頃に縁日で買ったヒヨコが大きくなって、鶏にまで成長した記憶があります。うちで1年半くらい生きていたのかな。鳥とのかかわりは、ほんと、それくらい。だから鳩と出会って、こんなにも『うちの子がかわいい』と感じたのが自分でも意外なんです」
「鳩アイコン」のSNSを通じて鳩仲間の輪が広がった
そんな鳩村さんの大きな転機となったのが2010年。Twitter(現:X)を開設し、鳩好き鳥好きの人たちとの交流が一気に増えたのです。
鳩村「アイコンを何にしようと考え、ピジョン・バウアーの画像にしました。アカウント名も適当に鳩村ひろし。そうしてあの子との想い出話などをつぶやくうちに、鳩好きの方や、鳩をモチーフとした作品をハンドメイドしている作家さんたちとの出会いが生まれたんです。交流が深まり、『だったら、いっそ鳩好きの作家さんたちの作品も販売する喫茶店を自分で開こうか』と考えるようになってゆきました」
「鳩好きが自由に語り合える空間ができた」
もともと「将来は自分の店を持てたらいいな」と考えていた鳩村さん。会社を独立し、2014年3月にいよいよ自分の巣となる「ロンドベル」をオープンします。現在店内に並ぶ数多くの鳩アートは、SNSで何年も地道に培った関係性から生まれたものだったのです。
鳩村「鳩好き鳥好きが集まれる空間って、なかなかないんです。普通のファミレスで『鳩がどうのこうの』って話、あまりしないじゃないですか。誰に何の気兼ねもなく鳩や鳥について安心して会話していただける空間が作れたのが、店を開いてよかった一番大きなことですね」
ウワサの「ハトのニオイのコーヒー」の正体は?
さぁ、いよいよ最後は「ハトのニオイのコーヒー」にチャレンジするミッションの遂行です。鳩と鳩村さんとの友情は重々理解したうえでも、やはり不安が……。鳩の匂いをしっかり嗅いだ経験はないですが、そんなに食欲をそそるものではなかった気がするのです(冷や汗)。
そうこうするうち運ばれてきた「ハトのニオイのコーヒー」。匂いを嗅いでみると……あ、あれ? すごくいい香り。コーヒーだけではなく、カカオ? ココア? チョコレート? そんな別趣のアロマが感じられます。
そして、飲んでみると「うん、おいしい!」。飲めばさらにカラメルシロップのような香りが鼻に抜け、ブラックコーヒーなのに自然な甘みがあります。澄んでいるのに深いコクがあるのです。
これ、鳩のエキスが入っているんですか?
鳩村「安心してください。鳩由来のものは何も入っていません。ブラジルのある特定地域で採れたコーヒー豆で、チョコレートっぽい香りがするのが特徴です。その豆を挽いて、粉を一晩、水に漬け置きしたんです。そうするとさらに、まろやかさとチョコレートっぽさを楽しめるんですよ」
なるほど、特別な豆なのですか。でも、それがどうして「ハトのニオイ」なのでしょう。
鳩村「ケガをした鳩のヒナの手当てをしたとき、彼がチョコレートのような香りを放つようになってきたんです。初めてこの豆の香りを嗅いだとき、ふと、あの子のことを思い出しましてね。それで、ハトのニオイのコーヒーと名づけました」
そうだったんですか……。このコーヒーは、鳩村さんとピジョン・バウアーとの想い出が抽出されていたのですね。
一羽の鳩との出会いで人生が大きく変わった鳩村さん。ハトのニオイのコーヒーを飲みながら「“鳩は幸せを運ぶ鳥”という言い伝えは本当なんだな」としみじみ感動し、ぽっぽぽっぽと心が温まりました。
- 珈琲と鳩時計の店 ロンドベル
- 愛知県名古屋市西区万代町2-55-2
- 052-524-5177
- 10:00~19:00(LO 18:30)定休日 火
- ホームページ
X: https://x.com/Wahoo_Wahoo_164
Instagram: https://www.instagram.com/rondovel_in_nagoya/