SNSで話題、リヤカーで焼き芋を2時間で完売させる岐阜の少女「ふじちゃん」とは?

吉村 智樹
吉村 智樹
2024/04/27

リヤカーで焼き芋を売る少女「ふじちゃん」とは

「リヤカーで焼き芋を売っている女の子が岐阜にいる」「しかも、その焼き芋がとびきりおいしい」と、話題になっています。彼女のニックネームは「ふじちゃん」。ふじちゃんが笑顔で焼き芋を販売する姿がSNSで火がつき、他府県からもわざわざ買い求めに訪れるお客さんが後を絶たないのだそうです。

SNSで話題に。リヤカーで焼き芋を売る前掛け姿の女の子ふじちゃん image by:GIFUおいもYA
元気いっぱいな様子がSNSの画像から伝わってくる image by:GIFUおいもYA

それにしても令和の女子と、昭和レトロ感満載の、今ではめったにお目にかかれない「リヤカーの焼き芋屋さん」とのミスマッチが尋常ではありません。そして興味が湧いて取材してみると、背景には想像以上にアツアツなドラマがあったのです

神出鬼没の「ふじちゃん」を発見!

焼き芋女子「ふじちゃん」の出没が多く目撃されている場所は、名古屋鉄道「名鉄岐阜」駅の駅前。「彼女が現れるのはだいたい夕方から夜」「昼間にもいる場合がある」「でも、いたり、いなかったりする」と神出鬼没とのこと。そんな謎の女の子ふじちゃん、今日はいるかな……。

「名鉄岐阜」駅前へ行ってみると…… image by:吉村智樹

あ、いた!

image by:吉村智樹

「焼き芋いかがですか~」「甘くておいしいですよ~」。よく通る声で道行く人の関心を誘う前掛け姿の女の子、ふじちゃんに違いないでしょう。「マスクをはずさない」条件で、お話を聴かせていただくことができました。


寒い日も暑い日も「楽しいから平気」

リヤカーとともに岐阜の街に出没するふじちゃん image by:吉村智樹

“元祖キッチンカー”と言えるリヤカーの焼き芋店「GIFUやきいもYA」で売り子をするふじちゃんは17歳。その正体は地元の女子高校生でした。「ふじちゃん」という愛称はハンドルネームで、「本名とはまったく関係がない」のだそうです。

ふじちゃん「私、なぜか富士山が大好きなんです。富士山にちなんでSNSのアカウントを“ふじちゃん”にしていたら、そのまんま焼き芋のお店でもそう呼ばれるようになりました」

富士山が大好きだから「ふじちゃん」 image by:吉村智樹

ふじちゃんがリヤカーで焼き芋の販売を始めたのは2023年5月。もともとは常連のお客さんでした。

ふじちゃん「ここの蜜芋がめっちゃおいしくて、姉とよく買いに来ていたんです。それに、リヤカーに集まってくる人たちとおしゃべりするのがすっごく楽しくて。『ここで働いたら、いろんな人とお話ができるのかな』と思っていたんです。そんなときに店主さんから『アルバイトを募集している』と聞いて、『やりたいです!』って手を挙げました」


もともと常連客だったふじちゃん。「他のお客さんと話をするのが楽しくて」アルバイト募集に挙手した image by:吉村智樹

そうして放課後に焼き芋を販売する生活がスタート。平日と土日、合わせて週3日ほど「来れる日に」ストリートに出動します。リヤカーだけに「雨が降ったらお休み」「開店時間はまちまち」「売り切れたら閉店」という、ゆるぅいスタイル。反面、マメにSNSで現況を伝えており、チェック必須です。

そうして「Z世代のいも娘」誕生から、およそ1年。はじめはおどおどして「5日間で1本も売ることができなくて辛かった」とのこと。しかし、寒風吹きすさぶ真冬でも、気温が40度近くまで上がる真夏の暑さにもめげず気丈に路上に立ち、今や150本以上を約2時間で完売させてしまう人気に。ファンが差し入れ持参でひっきりなしにやってくるなど、すっかり岐阜のご当地アイドルになりました。

真夏も真冬も岐阜の街角でがんばった image by:吉村智樹
取材中も続々とふじちゃんファンがやってくる image by:吉村智樹

ふじちゃん「はじめはお母さんから『リヤカーの焼き芋屋さんなんて大変な仕事、本当にできるの?』と心配されていましたが、楽しくて平気でした。同級生が買いに来たときは『やばい、どうしよ。バレるかな』ってちょっと焦ったけれど、焼き芋を売ってるって知られてから応援してくれるようになって、ありがたいです。同級生とお客さんが仲よく話をしているのを見ると、私も嬉しくなっちゃいます」

2時間で完売してしまう日も。急げ! image by:GIFUおいもYA

懐かしい綿の「帆前掛け」を巻いた商人姿がすっかり板についた、ふじちゃん。店長の坂本俊雄さん(45)は、「店のロゴはふじちゃんがデザインしてくれたんです。絵が上手な子で本当に助かっています。ただ、5時間寝坊してくるドジなところもありますねどね」と笑います。

笑顔がやさしい店長の坂本俊雄さん image by:吉村智樹

甘い蜜がしたたり落ちる熟成焼き芋

「GIFUおいもYA」は、メインの熟成蜜芋のほか、その場でバーナーを用いて炙る熱い「蜜芋ブリュレ」や、「スイートポテト」「じゃがバタ」も人気メニュー。春からはお客さん自身がカスタードプリンに蜜芋をモンブランがけする「ぎふいもんぶらん」、地元の関牛乳をたっぷり使用した「おいも牛乳」、暑い日でもおいしい「冷やし蜜芋」が加わります。1台の小さなリヤカーでこれほど多彩なメニューが味わえるとは驚きです。

飴色になるまで熟成した蜜芋 image by:GIFUおいもYA
表面をバーナーで焦がした香ばしい蜜芋ブリュレ。「クリームブリュレ」580円。「チーズブリュレ」「シナモンバターブリュレ」ともに680円(どれも税込み) image by:吉村智樹
表面を焦がすとさらに甘みが増して絶品 image by:GIFUおいもYA

使用するさつまいもは契約農家が栽培する「紅はるか」の『こいも、あまいも』(兵庫県産)。収穫から最低60日以上寝かせた紅はるかを、高温で焼いては冷まし、低温で焼いては冷まし、交互に2時間~3時間かけてゆっくり石焼きします。

兵庫県の生産者の元を訪ね、栽培法を伝授したという特別な紅はるか「こいも、あまいも」image by:GIFUおいもYA

焼けた紅はるかをさらに1日、保温をしながら熟成。こうすることで「じかに触ると手が蜜で濡れる」ほど、しっとり、ねっとり、天然のシロップをまとった濃厚な蜜芋に仕上がるのです。この技法は坂本さんが試行錯誤の末に見つけ出したオリジナル。

坂本さん考案の技法で仕込むと、皮がしっとり濡れるほど蜜が溢れ出た焼き芋になる image by:GIFUおいもYA

坂本俊雄さん(以下、坂本)「芋から蜜が溢れ出て、新聞紙でくるむと、蜜がしたたり落ちてしまうんです。そのためうちでは焼き芋を真空パックしています。おかげで日持ちがするようになり、インターネット販売も可能になりました。ただ、真空パックする機械に40万円もかかったり、お客さんからは『新聞紙じゃないと焼き芋の気分が出ないよ』と苦情があったり、うまくいかないですよ(苦笑)」

この甘~い蜜芋を生み出す坂本さん、お話をうかがうと、その半生は決してスイートではありませんでした。むしろピリ辛。波乱に満ちた生きざまをじっくりお聴きすべく、改めて柳ヶ瀬商店街のなかにある工房(本店)へとうかがいました。

一時期は最大24店舗を経営するイケイケ実業家だった

店長の坂本さんは柳ケ瀬のアーケード商店街に工房(本店)を構え、午前10時から午後3時頃まではこちらにリヤカーを置いて焼き芋を販売する image by:吉村智樹

「GIFUやきいもYA」の坂本俊雄店長は大阪出身。2022年に岐阜県へやってきました。

坂本「僕は大阪を中心に、居酒屋やキャバクラなどの経営やコンサルタントの仕事をしていました。岐阜は過去に金津園(オトナの歓楽街として知られる場所)で1度遊んだ程度の、ほぼ未知の土地でしたね」

坂本さんが飲食店を始めたのは20歳。たこ焼きの屋台と居酒屋が合体した小規模な店が出発点でした。このラフで気さくな業態が「バルブームの先駆け」となり、そこからは破竹の勢いで快進撃。東京、三重、奈良など各地に店舗を拡大しました。お好み焼き、鯛焼き、唐揚げ、焼き鳥、弁当、焼きそば、馬肉居酒屋、バー、肉バル、さらには飲食以外にも雑貨店やリサイクルショップを兼ねた質店まで手を広げたのです。東京に出店する際は「日本語学校へ通って関西弁を抜いた」といいます。それくらい、どの店も全力投球でした。

そうして最大で一時期に24店舗を展開。どの店も繁盛し、従業員は過去にアルバイトを含め「1,000人、雇っていた」というから超勝ち組です。

順風満帆、上昇気流に乗っていた坂本さん。ところが……

新型コロナの影響で閉業し家族は離散

ここで事態は急転直下します。新型コロナウイルスが日本を襲ったのです。

坂本「店を開いていた東京と大阪に緊急事態宣言が発令され、街から人が消えました。接客業だったので手も足も出ず、あっという間に行き詰まりましたね。それまで稼いだお金はすべて新店舗へ注ぎ込んでいたため、プールがなかったんです。税理士さんから、『いま会社をたためば借金だけは免れる』と勧められ、全店の整理を余儀なくされました

会社をたたんで一人になった同時期、離婚も経験しました。慰謝料や養育費を払い、手元に残ったのは120万円ほど。

坂本「忙しくて家庭を顧みず、家族にさびしい想いをさせていたので仕方がないです。さらにこの時期、母の認知症が進みました。それで母の故郷である岐阜に移住して母をケアをしながら、一からやり直そうと考えたんです」

コロナ禍の影響で経営していた全店が閉業。同時期に離婚を経験した image by:吉村智樹

キャバクラの客が焼き芋の師匠に

120万円をたずさえ見知らぬ岐阜へやってきた坂本さん。「お金を使わないように」と食事は1日1回と決め、87キロあった体重は68キロにまで落ちました。人生をやり直す覚悟の強さに圧倒されます。

そうして再起のために考えたのが「リヤカーで焼き芋を売る行商」。実は坂本さんには“焼き芋の師匠”がおり、過去に芋の焼き方を習った経験があったのです。

坂本「僕が26歳の時、経営していたキャバクラで師匠に出会いました。師匠は客として来ていて、女の子におさわりばかりするので注意しに行ったんです。当時、師匠は60代。訊けば『40年以上も芋を焼いている職人さん』だといいます。話をしてみたらとても面白い人で、そのまま一緒に酒を飲みました」

それから4年後の9月。坂本さんはあるスーパーマーケットから店頭販売を依頼されました。坂本さんが選んだ商品は「秋だから焼き芋」。しかし焼き芋づくりのノウハウがない。思案するうち、「おさわりばかりしていたエッチなおじいさん」の存在が頭に浮かび上がりました。「あの人がいた!」。そうして坂本さんは師匠に修行を申し出たのです。

坂本「師匠は今年(2024)1月に亡くなりました。メモが遺され、そこには『リヤカーを引いての商売は色々と大変だろうが、歯を食いしばり根気よく体に気をつけて頑張れ。ありがとうな』と書いてありました。そして『葬儀などには来なくていい。そんな時間があるなら芋を焼いて岐阜の人に食べてもらえ』とも。もしも師匠と出会えなかったら、自分は焼き芋で再起できなかったですね」

「あの時、師匠と出会えなかったら焼き芋で再起はできなかった」と振り返る image by:吉村智樹

リヤカーを引き、路上からの再出発

師匠から学んだ焼き芋で2022年9月、リヤカーによる販売を開始。初日は約17時間の稼働で利益は1,460円でした。一時期は高級スーツを身にまとい夜の街を謳歌した実業家が、1,460円から新たな一歩を踏み出したのです。以降、師匠の教えを基本としながらも独自で蜜芋づくりを研究し、SNSで発信を続け、遂には人気店へと成長しました。

坂本「初代のリヤカーは窯だけで重量30キロ、芋を積むと80キロもあったんです。重くてたいへんでした。軽量な現在の2台目に買い替える際にクラウドファンディングを慕ったら、たくさんのファンの方々が応援してくださった。しみじみ『岐阜に来てよかった』と思いましたね。岐阜は街の人たちが本当に温かいんです」

味の向上に研鑽を積み、今では岐阜柳ケ瀬の人気店に image by:吉村智樹

軌道に乗った現在は、柳ケ瀬商店街のなかに、芋を石焼きする工房(本店)を別に構えることができました。窯は工房にあるためリヤカーはずいぶんと軽くなったのです。とはいえ、焼き窯は200度にまで達し、芋を焼き始めると「室温が60度まであがる」という過酷な状況での下調理は重労働。それでも坂本さんは「岐阜の人たちに恩返ししたい気持ちがあるから、なんともない」といいます。

窯の温度は200度に、工房の室温は60度まで上がる日もある過酷さだが、「岐阜の人たちが待っていてくれると思えば苦ではない」と語る image by:吉村智樹

右腕となって働く看板いも娘ふじちゃんとコンビで、街の人たちのハートを甘い蜜芋で温める坂本さん。機が熟成し、きっと富士山のように、焼き芋の最高峰と呼ばれる日が訪れるでしょう。

image by:吉村智樹
  • 「GIFUおいもYA」柳ケ瀬店
  • 岐阜県岐阜市日ノ出町2-5−8 松田ビル
  • 070-9014-9220
  • 11:00~15:00
  • ホームページ
  • 「GIFUおいもYA」リヤカー
  • 夕方~売り切れ次第閉店(不定休)

Instagram:https://www.instagram.com/gifuoimoya/

X:https://twitter.com/oimorando

base:https://gifuoimoya.base.ec/

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吉村 智樹

京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版『VOW』三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)を構成。

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