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モダンガールからギャルまで。日本人女性のファッション変遷が面白い

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2020/09/09

ファッションリーダーは高級遊女/江戸時代

士族の服装 image by:Kusakabe Kimbei / Public domain

江戸時代、幕府はキリスト教の禁教と貿易の統制を目的に日本人の海外渡航を禁止。外国船の渡航も制限したため、町に外国からの輸入品はほとんどありませんでした。

当時の服装は男女ともに着物ですが、身分によって身につけるアイテムが区別されていたようです。

着物地はとても高価だったので、生地から仕立てるのは一生のうちに数枚のみ。江戸の庶民の日常着は、たいてい古着やレンタルで、端切れの布で補修しながら大切に着ていました。

端切屋 image by:DryPot / CC BY-SA

その日常に名はなくとも、このころにはすでに「サスティナブル」の精神が大きく浸透していた様子。1着の着物を何度も洗い張りし、ときには仕立て直しながら大切に着続けました。

洗い張りとは、着物の縫い目をすべてほどき、1枚の反物の形状に縫い合わせてから水洗いする手法です。1枚の反物をオールシーズン活用し、夏は単衣、冬は裏地付きに仕立て、大人の着物を子ども用サイズに仕立て直すこともありました。

この洗い張りは、大切な着物のケアとして現代も変わらず受け継がれている手法です。

江戸時代の庶民の服装 image by:Hiroshige / Public domain

当時のようにすべて手作業とはいきませんが、現在でも一部のクリーニング店では専用のマシンと職人による手作業で仕立て直しをしてもらえます。こうして何度も再生することができるので、実は着物ってとてもエコなファッションなんですよね。

そして江戸時代も半ばに差し掛かると、歌舞伎役者高級遊女ファッションリーダーとして台頭し、それまで一般庶民の着物の柄としては恐れ多かった「江戸小紋」などの柄物が流行しはじめます。

image by:Won file, based upon Kiyonaga’s woodcut print (1784) / Public domain

ちなみに江戸小紋とは、小さな柄を全体にあしらえた柄の着物で、江戸時代は武士が礼装として着用していたとされています。


明治時代の吉原の遊女 image by:possibly by Kusakabe Kimbei (日下部 金幣) (1841 – 1934) / Public domain

色使いや着こなしもだいぶおしゃれになり、ベースの着物は地味でもアクセントで身に着ける小物は凝った意匠が好まれるなど、「」な装いが注目がされていました。コーディネートの難易度でいえば、現代より格段に高いかもしれませんね。

image by:Rijksmuseum / CC0

現代はオールインワンや重ね着風のデザインなども増え、センスの有無に関係なくおしゃれにみえるアイテムも多く、本当にいい時代になったなと感じます。

そして文明開化とともに新時代の幕が開け、明治から大正へと時代は推移。美しきモダンガールたちのおしゃれな姿が垣間見えてきます。

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