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日台友好の原点を探しに。一青妙さんが訪れた「花蓮」に残る日本人移民村

一青妙
一青妙
2018/05/19

吉安慶修院の御本尊は弘法大使。背後には、弘法大使が開いた四国八十八ヶ所の霊場を表す八十八体の仏像がある。日本から離れた地でも、八十八箇所の霊場をお参りして巡ったのと同等のご利益を得られるように並べられたのだろう。吉野村があった時代は、村人たちの心の拠り所となっていたに違いない。

周辺には、開村記念碑や、農作物の灌漑用水路として作られた吉野圳、末代の村長がかつて住んでいた日本式家屋なども残されている。5月18日に、かつての神社跡地が、「吉安好客芸術村」としてオープンしたばかりだ。日本統治時代、移民村周辺に多くの客家人が西部から移り住んだ歴史の一端をうかがい知ることができる。

吉野村ができた後は、花蓮を南下するように、次々と日本人移民村ができた

花蓮市の南を流れる木瓜渓というフルーティーな名前の渓流を渡った先に寿豊というところがある。この寿豊を車で走っていると鳥居を見つけた。鳥居の上には現在の名称である「碧蓮寺」の文字があり、前後には、参道と思われるまっすぐな道が貫いている。境内には、台湾の街角でよくみかける色鮮やかなと日本のお寺に並ぶ石灯籠日台の宗教文化が混在している。

鳥居が建てられている一帯は、日本統治時代、「豊田村」と呼ばれていた移民村だ。周囲をめぐると、警察の派出所や、小学校、墓石など、かつて日本人村であった面影がそこかしこに点在している。

さらに南の寿豊渓を越えた鳳林内には、豊田村の鳥居よりもかなり大きく、真新しい鳥居がある。日本統治時代、「林田村」と呼ばれた移民村にあった鳥居を再建したものだ。


周辺には、やはり日本統治時代に使われてきた日本家屋がポツポツと残っている。花蓮の最南にある玉里にも神社の跡地があり、地元の人たちの努力で整備され、公園のようになっている。

日本人が作り上げた移民村の大体は、道路は碁盤の目状に敷設され、整然とした印象を持つ。律儀な日本人らしい一面を感じる。


一青妙

エッセイスト・女優・歯科医。台湾人の父と、日本人の母との間に生まれ、幼少期は台湾で暮らした。現在、台南市親善大使や石川県中能登町観光大使に任命され、日台の架け橋となる文化交流活動に力を入れる。家族や台湾をテーマにエッセイを執筆し、著書の『私の箱子(シャンズ)』『ママ、ごはんまだ?』(共に講談社)を原作にした日台合作映画『ママ、ごはんまだ?』がある。趣味はサイクリング。最新作は、台湾一周を自転車で走った体験記『環島 ぐるっと台湾一周の旅』(東洋経済新報社)。今回の連載で取り上げる花蓮に関する詳しい内容は『わたしの台湾・東海岸「もう一つの台湾」をめぐる旅』(新潮社)に記載されている。

日台友好の原点を探しに。一青妙さんが訪れた「花蓮」に残る日本人移民村
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